ある練習後の自主練のこと。
「せんぱーい」
「ん?」
軽くジャンプし、シュートを打とうとした瞬間。
「このシュート入ったらキスしていいですか?」
思わず力んでしまい、ボールが力強くボードに当たって跳ね返ってきた。
そのまま横を通り後ろへ跳ねていくボールを拾う余裕はなく、私の全身に動揺が走る。
「なっ、だっ」
「付き合って一ヶ月っすよ?そろそろしたいんすけど」
「……ええと……」
上手い言い訳が思いつかない。
ちら、と片桐くんを見れば、懇願の眼差しで私を見つめてきている。
顔を逸らしても追いかけて突き刺さってくる視線。……折れるしかなかった。
「……分かった」
「よっしゃ!絶対決める!!」
片桐くんは軽く飛び跳ねて喜んで、ドリブルを一つ挟みシュートの構えを取った。
「ノータッチで決めますから。見ててくださいね」
流し目で微笑んでくる片桐くん。
ドキッ、と胸が鳴った。
片桐くんはゴールと向かい合った状態で、高くボールを放った。
綺麗な軌道を描きながら飛んでいったボールは、そのままリングへ一直線――。
「あっ」
ガシャンッ、とボールが大きくリングに弾かれた。
ボールは数回体育館の床をバウンドし、やがてコロコロと転がって止まった。
静かな空気の中、片桐くんが勢いよく私を見る。
「い、今のなし!次、次が本番です!」
「……『ノータッチで決めますから』」
ぼそ、とさっきの片桐くんの発言を繰り返すと、片桐くんが真っ赤になって大声を上げた。
「あああ忘れてください!もっかい!もっかいやらせてください!!」
「ダメ。チャンスは一回だったんだよ。もう終わり」
「そんなああぁ……」
肩を落としたかと思えば、その流れで膝、手も床について全身でがっかりする片桐くん。
そんな彼を見ていると罪悪感が湧いてきて。
「……残念賞ってことで、ほっぺたになら、キスしてもいいよ」
「!」
ぱああっと片桐くんの表情が見るからに嬉しそうに輝く。
そこまで喜ぶとは。
片桐くんが起き上がり、少し高い位置から私を見つめた。
ほのかに赤い顔が近付いてきて、頬に優しいキスをされる。
「先輩、大好きです!」
「……ありがと」
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!