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緑川杏奈がフィレンツェに着いた時には夕方になっていた。夕日が石造りの町を金色に染めていて、あまりにきれいで見とれてしまった。
建物の長い影が石畳の上に伸びて、金と黒の縞模様を作っている。
魔法の国にきた、と杏奈はそのとき思った。
舞い散る落ち葉の1枚1枚に妖精が乗っているのではないかとさえ、思った。
杏奈が選んだホテルはガイドブックにのっていたプチホテルで、家族経営のアットホームな宿だった。
日本の旅行雑誌に紹介され、日本人がたくさんくるんだよ、とフロントの太ったマンマが嬉しそうに迎えてくれた。ガイドブックが誇らしげにフロントに飾られている。
部屋に荷物を置いて、杏奈は外に出た。もう夜だから観光はゆっくり明日するとして、今日は近くのヴェッキオ橋だけ行こうと決めた。
この橋は貴金属専門の店が並んでいて、さまざまな小物を扱っているとパンフレットで知っていた。
現在の橋は14世紀に再建されたものだが、それでもフィレンツェ最古の橋として知られている。
昔は食肉を扱う店が並んでいたが、異臭を放つということで富豪のメディチ家によって撤去され、かわりに美しい金属・宝石を扱う店が並ぶようになった場所だ。
橋の上は大勢の人でにぎわっている。ほとんどが観光客のようだ。アジア系も大勢いた。
小さな店がぎっしりと並び、店頭にこれでもかというほど土産用の貴金属を出している様子は、日本の夜店のようだ。杏奈はそれらをゆっくりと眺めた。
日本にいるときは貴金属などには興味はなかったが、ここにおいてあるアクセサリー類はどれもクラッシックな形で目に楽しかった。
お店の人がネックレスを手にとって勧めてくる。値段が桁外れなので杏奈は笑って手を振った。
ある店の前で杏奈は立ち止まった。青いトルコ石を真ん中にあしらったネックレスに目を引かれたのだ。
手にとってみていると店主が値段を告げてきた。それほど高くはない。
フィレンツェの思い出に買ってもいいかもしれない……でもこんな派手なネックレス、日本でつけていく場所があるかしら。
旅行先ではとんでもないものを買って、あとから後悔することもある。
五年前、母親はミラノで勧められた花瓶を買ったが、その重厚でごてごてした花瓶は家のどこへ置いてもちぐはぐで、結局物置にしまわれたままだ。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。