チク、タク、チク、タクと、時計の針が時を刻む。
時刻は午後10時を指していた。
「ありゃ、もう10時か。軽く二時間は話してたんじゃない?」
サツキがそう声を上げたことで、私たちは桃色の世界から一気に現実へと引き戻される。
消灯時間にはまだ余裕があるのに、何故サツキは声を上げたのか。
理由は簡単。私たちはまだ入浴をしていなかったからだ。
けれど、この旅館の大浴場は現在故障中。幸いシャワールームは一部屋に一つずつ取り付けられているものの、大浴場並の広さなどあるわけもなく、一人ずつでしか入ることができない。
これらのことから、私たちは入浴を後回しにしていたが、もうそろそろ入らないと消灯時間に間に合わなくなりそうだ。
「あのさ、私先にお風呂入っていい?」
遠慮がちに手をあげながら、アイは言う。
特に断る理由も無いので、私たちは申し出を快諾した。
ありがとう、そう笑顔で言ってシャワールームへと入っていくアイの背中を見送り、さてどうするか、とサツキの向かい側に座る。
何か話すとしても、先程話題が尽きるまで話してしまった。だが、こうやってただなにもしないでいるのも勿体無い。
だって、あと少しで最後の修学旅行は終わってしまうのだ。
そう思考を巡らせている時だった。
「きゃあああああああああああ!!」
つんざくような悲鳴が、部屋を駆け巡る。
間違いない、この声は、
「アイッ!!」
私たちは急いでシャワールームへ向かう。
シャワールームの扉は、半開きになっていた。
勢いよく扉を完全に開け放つ。
そこには、
誰も居ないシャワールームが広がっていた。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。