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第106話

もう一つの
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2021/02/15 07:53
仕方ないというように言った私に紺炉が返す


紺炉「そん時は俺が貰ってやるよ」

『ははっ、お父さんが?』

紺炉「名字が変わるくらいだ、変わったところで親子にしか見えねェがな」

『20も離れてるもんね、お父さんが浅草の人には娘に手を出す父親とかとんでもなく年下趣味だと思われちゃうよ』

紺炉「好きに言わせときゃいいのさ、俺たちの名目上何かが変わったところで関係が変わるわけじゃねェだろ?俺が後見人じゃなかった頃も今も、頭だった頃も同じ中隊長って地位の今も変わってねェ」


紺炉(悲しいくらいに変わらねェ)


『たしかに、でもそれなら養子に入る方がいいんじゃない?』

紺炉「独り身ってのが嫌なんじゃねェのか?」

『うーん…たしかに独り身で父親とずっと一緒って私も父親離れできないファザコンに思われそうだしな…』

紺炉「まあこんなおっさんは嫌だよな」


紺炉が苦笑いをする


『お父さんはいい感じに歳を重ねた男の人って感じだしおっさんって感じじゃないよ、まぁいつか覚悟が決まって紅丸に振られて誰も私に勝てる人が居なかったらお父さんのお嫁さんにでもなろうかな』


紺炉(とんでもなく低い確率だが少しでも棚からぼた餅が落ちてくる可能性があるなら幸運か)


紺炉「ああ、だが20も上だからあまり先だと死んじまってるか爺さんになってるかもな」

『うーん…そうだ、そのときはお父さんを若返らせちゃおう』

紺炉「そんなこと出来んのか?」


出来る可能性は高い、荒唐無稽な話だが過去に戻れるなら若返らせるのも無理ではない気がする


『たぶん?』

紺炉「お前さんは本当に神様にでもなる気か?」

『わかんないや、でも…神様になっても紺炉さんは私のお父さんで居てくれる?』

紺炉「ああ、何になってもあなたは俺の大切な一人娘だ」


紺炉(あなたが何になったって関係が変わったって俺は保護者でしかねェ…だが親子っていう安定した関係で居られんならそれも構わねェか)


『そっか、じゃあ安心だね』

紺炉「安心?」

『恋人は別れようって言えば終わりだし夫婦は離婚届出したら終わりだし、でも家族はずっと家族でしょ?縁切られることもあるけど…死んだって家族だし』

紺炉「まあそうだな」

『だから紺炉さんがずっと私のお父さんでいてくれるなら安心だなって』

紺炉「何か不安なことでもあんのか?」

『人は自分たちと違うものを恐れて嫌うでしょ?新人大会の後の他の隊の消防官の目…これ以上強くなったら浅草の人たちからも怖がられちゃう日が来るのかなってたまに思うんだ』

紺炉「それはねェよ、いくら強くなってもお前さんはその力で人を無闇に傷付けることは絶対にねェだろ?」

『うん』

紺炉「お前さんの優しさを浅草の奴らはちゃんと分かってるさ、だから心配すんな」

『そっか…』


安心したように呟く


紺炉「そろそろ寝るか、眠いだろ」

『うん、おやすみ』

紺炉「ああ、おやすみ」


睡魔に身を任せて目を閉じると紺炉が頭を撫でてくれる

それが心地よくてすぐに眠りについた




あなたが完全に眠ったことを確認する


紺炉(このまま囲っちまいてェなァ)


湧き上がる衝動を押さえ付け、髪を撫でつける


紺炉(俺は良い父親でなきゃいけねェんだからな…だが)


これくらいは良いだろうと額に口付けを落とした
自分も目を閉じようとしたところで襖の向こうから声がかかった

紅丸だ


紅丸「起きてるか」

紺炉「あァ、どうかしやしたか」


紅丸が静かに部屋に入ってきた


紅丸「やっぱりここにいたか、あなたを連れていく」

紺炉「やめとけ、今回はそんなことすりゃ居なくなっちまうかもしれねェぞ?あなたに若が来たら追い払えって言われてるから渡すわけにもいかねェ」

紅丸「…チッ」

紺炉「自業自得ってやつですぜ」

紅丸「うるせェ」

紺炉「紅がそんなんじゃ俺が横から掻っ攫っちまうかもしれねェなァ?」

紅丸「…ンだと?」

紺炉「俺はいつだって棚の真下で餅が落ちて来んのを待ってんだ、せいぜい落とさねェように気をつけんだな」

紅丸「お前ェ、まさか…」

紺炉「安心しろ、俺は自分から動くことはねェ…待ってるだけだ」

紅丸「渡すわけねェだろ」

紺炉「それはそれで構わねェさ」

紅丸「何を考えてんだ」

紺炉「あなたが幸せになりゃ相手は誰だって構わねェんだよ」

紅丸「俺が幸せにする」

紺炉「そうですかい、とにかく今日は起こそうが連れて行こうが話を聞いてくれることはありやせんぜ?若、諦めて部屋に戻って寝てくだせェ」

紅丸「手ェ出すなよ」

紺炉「ご心配なく、若が取り零すまでは俺はいつまでもただの良い父親です」

紅丸「そうかよ」

紺炉「おやすみなせェ、若」


紅丸が部屋から出ていき、紺炉も今度こそ眠ろうと布団に入って目を閉じた

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