前の話
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side.潔
悲鳴嶼さんとの出会いから数年が経ち、カナエさんは鬼殺隊最高位である柱のうちの1人になり、しのぶも隊士として任務をこなしていた。
俺達はこれがあなたの下の名前の前世である胡蝶しのぶの記憶だということを受け入れた。そのお陰で、ある程度気楽に光景を眺めることができていた。
そんなある日。
橋の上を歩いていると、禿げ頭の目つきの鋭い男が、小さな女の子を縄で縛って歩いているところを見つけた。
声をかけたカナエさんに、男は「汚いし、逃げるかもしれないからだ」と無愛想に言い放つ。
カナエさんは身をかがめると、少女に向かって声をかけた。
少女は答えない。
しっしっ、と手を払って、「話したいなら金を払え」と言った男。
カナエさんは哀しそうに少女を見つめていた。
多分、「どけよ」とでも言おうとしたんだろう。けれど、全てを言い切る前にカナエさんに伸ばされた手ははね退けられた。
カナエさんの斜め後ろに立っていた、しのぶによって。
続けてそう言ったしのぶは、隊服の懐に手を入れた。
そして、
バッ
あたりにつかんだお金をぶちまけた。
宙を舞うお金に呆気にとられた男から、少女を縛っていた縄を奪い取ったしのぶが走り出す。
カナエさんも、目を丸くした少女も、一緒に駆け出した。
走りながら、不敵な顔でそう言い放つしのぶ。
誰かに取られるかもしれないということに気付いたのか、身売りの男は
と叫んで、慌ててお金を拾い始めた。
そんなやり取りが交わされる中、少女はキョトンとした顔で自分の手を引く2人を眺めていた。
花柱であるカナエさんのためにお館様が用意した蝶屋敷。そこへ連れてこられた少女は、まずお風呂に入れられた。
カナヲと名付けられた少女は、目の前に食事を出されても、ずっとお腹を鳴らしているだけだった。
正義!と片手を上げるカナエさんに、「理屈になってない!」としのぶが言った。
気の抜けるようなやり取りに、禪院さんが吹き出した。
蜂楽が言うことはもっともだった。
ぼさぼさの髪と汚れでよく分からなかったけれど、綺麗にしたカナヲは整った顔立ちの持ち主だった。
カナエさんの周囲に花が見える。
だからしのぶは結構ツッコミ役に回りやすいのだろう。
結局、カナエさんに押し切られる形で、カナヲはこの蝶屋敷にしのぶ達の妹として留まることになった。
でも、そんな小さな幸せも、長くは続かなかった。
ある日。
いつも通りしのぶとカナエさんは鎹鴉に伝えられた任務に行った。
体内に毒を打ち込まれた鬼が絶命する。
しのぶは艶と名付けた自分の鎹鴉にそう確認した。
しばらく歩いたところで、カナエさんの鎹鴉が飛んできた。大慌てで飛んできたのだろう。羽が少し乱れている。
鎹鴉が、任務中に主人から離れるのは珍しい気がする。どうしたのだろうか。
しのぶが顔色を変えた。
鴉が飛んできた方向にまた向き直った。
しのぶは飛び上がって2階建ての建物の屋根に乗り、走り出す。
どういう仕組みかはよく分からないけど、俺達はしのぶが動くと俺達自身が1ミリも動いていなくても光景は変わっていく。
しのぶが今全力で走っているので、周りの景色がどんどん変わっていく。
ていうか流れているせいで全く見えない。
こうなってしまうと話す他にすることがないが、爆速で走っていたしのぶは数分も経たずに目的地へと到着したらしい。速度が緩んだ。
しのぶが、喉を震わせてそんな声にならない声を出した。
しのぶの足が止まったことで、続いて俺達もその視線の先が見えるようになった。
そこには、体の数カ所に深い切り傷が刻まれた、血だらけのカナエさんの姿があった。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。