第9話

おちるのは心か、身体か
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2018/12/05 04:31


 腫れた目元がまた涙で濡れる。


 空っぽで情けない私を見られたくなくて、私を見る彼の表情を見たくなくて、ゆっくりと背を向けた。


雪飴
雪飴
……確かに、希空は流されるところがあるかもね。けど、ちゃんと自分の意思だって持ってる
雪飴
雪飴
何度も失敗することを悔やむより、成功した自分を褒めてあげて
希空
希空
けど、少ない成功を喜んでも……
雪飴
雪飴
気持ちが少しでも楽になれば、次は失敗しないかもしれないよ
希空
希空
……どうだろう
雪飴
雪飴
今日も何かを心に隠したの?
希空
希空
……うん
雪飴
雪飴
言って楽になるなら、聞くよ
希空
希空
うぅん、……言いたくない
雪飴
雪飴
……そっか


 彼は私の横を通りすぎ、塗装の剥げた柵に手をつく。

 振り向いた彼は、アンニュイな微笑みを浮かべた。


雪飴
雪飴
もし、希空の気持ちが落ちてるなら、ここから飛んでみる?
希空
希空
……それって
雪飴
雪飴
校舎裏なら人もいないし、巻き込みはないよ
希空
希空
……雪飴さんは、いいの?
雪飴
雪飴
俺はいつでもいいからね。
希空が望むなら……
希空
希空
(私にはもう、雪飴さんを助けられないのかな……)


 私はゆっくり、一歩ずつ彼に歩み寄る。


希空
希空
(私に何もできないなら……)


 どんどん頭の中は真っ白になっていく。


希空
希空
(それなら、もういいかな)
希空
希空
(雪飴さんと一緒に死ねるなら、
それで……)


 彼の手をとり、見上げようとしたとき。


雪飴
雪飴
希空、死ぬことだけは流されて決めちゃだめだよ。もしかしたら俺は、そんな希空を利用してるのかもしれないんだからね


 彼の言葉は私の胸を鷲掴むように締め付ける。

 それと同時にきつく握り返してくる彼の手は、密かに震えていた。


希空
希空
……そ、そんなこと
雪飴
雪飴
本当? ……ねぇ、希空。今ならまだ、俺から逃がしてあげられるよ


 彼は手を強く握ったまま、私の肩に顔をうずめる。
 吐息が首元をかすめ、緊張のあまり身動きがとれない。


希空
希空
(……顔近いし、くすぐったい!
首から全身に熱が巡って真っ赤になりそう)
希空
希空
に、逃げるって。私は逃げたいなんて思ってないよ
雪飴
雪飴
俺の言葉に流されてるんじゃないかな、と思って。それを自分の意志だと勘違いしてない?
雪飴
雪飴
それだけは、少し心配なんだ
希空
希空
そんなの、……わかんないよ。
けど、一つだけわかった気がする
希空
希空
結局、流されるか流されないか、最後にその答えを選んでるのは……私なのかも
雪飴
雪飴
そっか、希空が決めたことなら……。
じゃあ、大丈夫?
希空
希空
うん、大丈夫だよ


 そう答えると彼は顔を上げ、いたずらを失敗したような苦笑を浮かべる。


雪飴
雪飴
あーあ、最後のチャンスだったのに
希空
希空
そんなこと言われたって、雪飴さんが誘ってくれたときから、逃げるつもりなんてなかったよ
雪飴
雪飴
……そうなんだ


 彼の手が緩められ、私は手をはなして柵の向こう側に立つ。


希空
希空
はやく、雪飴さん


 そう手を差し伸べると、あの悲しげな微笑みが私に向けられる。

 青空の下でも儚げで美しいその笑みが、私は大好きかもしれない。



 彼は柵をまたぎ、私の横に並ぶ。
 また手を繋いで瞳を見つめると、彼は額を合わせてくる。


雪飴
雪飴
力を抜いて、目を瞑って深呼吸


 深呼吸を終えると、唇に柔らかい感触。

 彼の額は離れていき、何が起きたのかわからず目を開ける。


希空
希空
……今
雪飴
雪飴
大丈夫?
希空
希空
え? ……え? なにが?
希空
希空
あ、……うん
雪飴
雪飴
ふふふ、心の準備
希空
希空
(勘違い……かな)
雪飴
雪飴
じゃあ、……いくよ
希空
希空
……うん
雪飴
雪飴
せーの







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