第15話

あの日には戻れない
1,135
2019/01/18 02:29


 家を飛び出した私は、あてもなく電車に揺られていた。


 ドアの脇に立って、窓の外を見つめる。

 寂しげにオレンジで染めあげられた街が、通り過ぎていく。


 初めて彼と会った時もこんな風に一人ぼっちで、私だけ置いて行かれている気分だった。



 窓に映るのは、学生服やスーツを着た人たちばかり。

 一人浮いている私は、くっきりと窓ガラスに映っているように見えた。

 まるで、私だけは窓の向こうのどこかもわからない世界にいるみたいだ。



 あの日、彼はそんな私を助けてくれた。

 誰も私に目をくれない中、彼だけは苦しむ私を……見つけてくれた。


???
今日はありがとう、鳴海



 聞き覚えのある声と名前に耳を疑ったが、はっきりとわかる。


希空
希空
(雪飴さんの声……)



 窓には、私の奥に彼が映っていた。

 向かい側の席、右足にギブスを付けて松葉杖を持っている彼が座っていた。


鳴海
鳴海
退院できてよかったね!
手伝うのなんて当たり前!
雪飴
雪飴
……ありがとう


 その隣には、はにかんでいる彼女もいた。

 柔らかく微笑む彼は、視線をそらすように窓際を見る。


 咄嗟に彼に背を向けて窓越しに確認すると、夜空に浮かぶ月の儚さを宿す瞳が私を見つめていた。


雪飴
雪飴
の、あ……
鳴海
鳴海
雪飴? どうしたの、立ち上がらないで。揺れで倒れちゃうよ
雪飴
雪飴
あ、ごめん



 彼は私に駆け寄ろうとするが、体を心配した彼女が止めに入る。

 彼の表情は悲痛に私を求めているかのようにも見える。


希空
希空
(……なんでそんな目で見るの?
離れていっちゃったのは、雪飴さんでしょ)
希空
希空
(見ちゃだめ。……次で降りなきゃ)



 目をつむり、揺れる電車が早く停まるよう心で念じた。


希空
希空
(もう、ちゃんと忘れなきゃ。私がいても、雪飴さんの自殺を後押ししちゃうだけだもん)
希空
希空
(……そんなの、だめ)



 ドアの脇の取っ手を掴む手に汗がにじんで気持ち悪い。

 焦る気持ちは煽られ、体が揺れてしまいそうなほど鼓動が早くなる。


駅員
まもなく三浦海岸に到着いたします。
一番線の到着で出口は左側です



 電車の速度が落ち、ホームが見えてきた。


鳴海
鳴海
ちょっと、雪飴!? まだ危ないって!



 すると、彼は足を怪我しているにもかかわらず、松葉杖をつきながらゆっくりと私に歩み寄る。


雪飴
雪飴
希空!



 私の後ろに立つ彼は、あの日とは違うようで同じだった。

 傷だらけで足もふらついているけど、……また私を見つけてくれた。


 やっぱり、彼は優しい人だ。私が妄想するような悪い人じゃない。





 それなら尚更、そばにいてはいけない。



 彼を傷つけてしまう私なんて、消えてしまったほうがいい。



希空
希空
(雪飴さんには鳴海さんがついてるから、……大丈夫。)
希空
希空
(そうだよ、最初からわかってた。二人がお似合いだって)
希空
希空
(……本当は私なんて、……必要なかった)



 この場所から自分だけが遠のいていくようだった。


 前までは一人になってしまうことがとても怖かったけど、もう今はそれだけが救いに感じる。




 ドアが開き、彼に振り返ることもなく、私は電車を降りた。


 私の名前を呼ぶ彼の声が、頭の中でこだまする。











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