彼の様子は変わることなく、箱根湯本駅に着いた。
あれから彼の隠し事が気になって仕方がない。
けれど、どんなことかもわからない以上、私から聞くこともできなかった。
辺りを見渡せば、そこまで多くもないカップルがやけに目に入る。
ふいに彼を横目で覗こうとして視線が重なる。
彼の表情はいつもより笑顔が多く、触れた手から伝わる熱がいつもより高い気がした。
それから箱根の山を登っていく電車に乗り、私は人生で初めてのケーブルカーに乗った。
周りは壮大な山々に囲まれ、その中に落ち着いた雰囲気の和やかな町がある。
人は多いけれど、これほど心が安らぐ景色を見るのも初めてだった。
そんなほんの少しのことが嬉しかった。
私の気持ちや声を聞いて応えてくれる。
たったそれだけで、私はここにいてもいいのかなって、簡単に思えてしまう。
うぅん、簡単ではなかった。
彼と関わっていくうちに、人に合わせるだけじゃなくて気持ちを口にしてもいいんだって、やっと思えるようになってきたんだよね……。
私一人だったら、そんなことずっとわからないままだった。
ケーブルカーを降り、私たちは強羅公園に着いた。
来る途中に調べた「とんぼ玉」作りの体験をしてから園内を回り、あっという間に日は沈もうとしていた。
来るときに話していた古民家の辺りを散歩しながら駅に向かうこととなり、私たちは細道に入っていく。
その言葉に少し違和感を感じた。
私もずっと彼と一緒にいられたらうれしい。
けれど、それはまるで、もうこうして一緒にはいられないような……。
細道の先にある階段の下で、重そうなショッピングカートを持っているおばあさんが転んでいた。
彼はすぐにおばあさんに駆け寄り手を差し伸べた。
彼はしゃがんでおばあさんを背負うと、細道の階段を上っていく。
おばあさんを安心させるように微笑みながら、彼は優しく話しかけて歩いた。
誰にでも優しく丁寧な彼に、少し心が綻んでしまう。
おばあさんの道案内を聞いて小さな診療所へと着き、私達は診察が終わるまで待つことにした。
急だったこともあり、私は友達の家に泊まると言ってお母さんの了承を得た。
おばあさんのおうちは観光地から少し離れた古民家で、玄関を入ると古く味のある木のフローリングと、なんだか落ち着く香りが出迎えてくれた。
とても仲のよさそうなご夫婦は、顔を見合わせて微笑んでいた。
それはとても羨ましい光景で、長年付き合い続けてきた絆を感じる。
私と彼はお互い死を望んで始まり、そんな日が来るかもわからない。
それから私達は部屋に案内された。
けど……。
そう言って部屋を出ようとするが、手首を掴まれて引き止められてしまう。
浴衣をもって部屋をでて、庭でほんのりと熱い頬を冷やした。
結局、彼の隠し事もわからないまま今日が終わってしまいそう……。
夜空で煌めく星は、どんよりとした分厚い雲に覆われていこうとしていた。
☆
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。