三人で話しながら自転車を走らせ、目的地のゲーセンに到着。
ぶんちゃんとあたりを見渡してみるも、それらしき人は見あたらない。
とりあえず一周してみたけれど、やっぱり〝秋山〟はいなかった。
そんな漫画やドラマみたいな偶然、あるわけない。
そんなことは……ちゃんとわかっていた。
なんだかんだ言って優しいあーずーが、大きな目を細めて微笑んだ。
暇つぶしも兼ねて、あたしたちはプリクラを撮ったり、U F Oキャッチャーをしたり。
気づくと二時間以上たっていて、短い針はもう〝6〟を過ぎていた。
あーずーの家は門限が厳しい。どうせ会えるわけがないのに、付き合わせちゃって悪かったな……。
そう言いながらもまだ期待して、店内を見渡してしまう自分がバカみたいだ。あきらめが悪いにもほどがある。
あたし、こんなんだったっけ。
気づかないようにため息をつき、ふたりを小走りで追いかけようとした時だった。
出入口の透明なドアが両側に動き、そこに学ランを着た人が三人入ってきた。そのまん中の人は……。
あの人……そう、そこには〝秋山〟がいた。
奇跡が起きたと、本気で思った。
あーずーがあたしに耳打ちをする。あたしは何度もうなずいた。ぶんちゃんは「ありえない」とでも言いたそうに、目を丸くしていた。
背中をあーずーに押されて、硬直していたあたしは我に返り、一歩踏みだした。
今しかチャンスはない。話しかけなきゃ。
ありえないと思っていた。
それでも期待せずにはいられなかった、小さな奇跡。
このチャンスを逃すわけにはいかない。
恐るおそる、〝秋山〟の後ろまで歩みよる。
大きく深呼吸をして、勇気と声を振りしぼった。
声を振りしぼったはずなのに、あたしってこんなに声小さかったっけと思った。
心臓が破裂してしまうんじゃないかと思うほどに、激しく波打つ。
振り向いた〝秋山〟はすごく驚いて、大きな目をさらに見開いた。
そりゃあ、知らない人から急に話しかけられたら、誰だって驚くよね。
あたし自身、名前を呼んだことに驚いている。
積極的な性格がこんなところで役に立つなんて。
なんて言えばいいかわからない。
本当に混乱していて、頭が真っ白だった。肩が小さくふるえる。
……嘘。女の子なんてたくさんいたのに、覚えていてくれた。
鼓動は速まる一方だ。
生まれて初めて、緊張で声までふるえてしまう。目は自分でもわかるほど泳いでいるし、また顔、真っ赤かも……。
こんな自分は本当に初めてだった。
そういえばそうだ。〝茶髪のうまかった子〟っていうイメージは微妙だけど、それでもいいや。
だって、秋山……さんが、覚えていてくれた。
勢いで答えてしまい、一瞬ドキッとした。
でも、「違います」なんて言いたくない。
忘れられたくない。少しでも印象に残りたい。
目を細め、にっこりと笑う秋山さん。
笑うと少し幼くなって、もっと可愛い。
秋山さんは手を振りながら、友達と一緒に奥のほうへと歩いていった。
ほんの数分だったけど、今、秋山さんと話したんだよね……?
一気にテンションが上がったあたしは、大急ぎで近くに待機しているあーずーとぶんちゃんのもとへ走る。
ふたりに抱きつき、人目も気にせずピョンピョンと飛び跳ねた。
あたしの頭をなでながら、にっこりと微笑むあーずー。
話すことに必死だったから。
ふたりの言う通りだ。せっかく会えたのに、こんなんじゃ意味がない。
……奇跡、か。
本当に会えるなんて夢みたいだ。まだ心臓がうるさい。
それに、話しちゃったんだよね?
でもきっと、〝奇跡〟って一度だけ。せっかくその奇跡が起きたのに、無駄にしちゃった。
でも、秋山さん言ったんだ。
〝待ってるから〟って。
〝またね〟って。
たったひと言でさえ特別に感じてしまう。
〝また会えるよ〟って、言われたみたいだった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!