第3話

出会い
410
2019/03/29 12:54
季節は夏。
雪国では貴重な短い夏だというのに、今年は受験シーズン真っ只中。
周りは初めて迎える受験に向けて、期待と不安を抱えながら猛勉強中だ。
けれど、あたしには危機感なんてまったくなかった。
もう受験する高校は決めているから。
市内で1番レベルの低い、私立高校。
願書さえ提出していれば、落ちる人はまずいないという噂だ。
実際、ロクに学校に来てなかった先輩たちもみんな受かっている。
あーずー
ねぇあなた。髪、黒くしなよ。もうすぐ受験じゃん。
昼休み。
いつも行動をともにするあーずーが、色素の薄いショートカットの髪をコームで丁寧にとかしながら言った。
生徒会長らしい注意だ。
あたしよりも十センチも背の高いあーずーを見上げ、受験生とは思えないほどに明るく染まった髪を、自分で少しつまんでみる。
あーずーの大きな二重の目は、とてもまっすぐにあたしをとらえた。
一年生の時からずっと面倒を見てくれるしっかり者のあーずーには頼りっぱなしだ。
美人で女の子らしくて優等生で、まさに才色兼備だ。
私
うん。願書の写真撮る時に黒スプレーで染める。
あーずー
バカ。確かに名前書けば入れるようなとこだけどさ。あなたにはあんな高校、似合わないよ。
あたしが行こうとしている私立高校は、ヤンキーとギャルの溜まり場だ。
悲惨な成績や内申のおかげで行ける高校がない人や、受験に失敗した人々が集まる場所。
あたしは、煙草は吸うけれど、ヤンキーでもギャルでもない。
『女子高生』になれるならなんでもいい。
勉強が嫌いなあたしにとって、その高校はもってこいだった。
あーずー
あなたはやればできる子なんだから。気持ちの問題じゃん。
気持ちの問題、ね。
丁寧にフルーツ系のリップを塗るあーずーは、学年一の優等生だ。
本当は勉強が嫌いなことも知ってるけれど、『教師』という夢に向かってひた向きに走る姿は尊敬する。
私
……うん。まぁ、気が向いたらね。
その点、あたしはというと、生意気で規則に縛られることを嫌う性格のせいか、学校一の問題児、なんて言われる始末。
かといって、別に不良なわけではない。
ここは田舎の平凡な中学校で、決して厳しくはないけれど、それなりにある校則を守っていないだけ。
好きな格好をしていたら怒られて、それでも直さないあたしを先生たちは問題児だと言う。
それだけの話だ。

廊下へ出てもその話は続いた。
口うるさいあーずーに反撃しようとしたところで、
ぶんちゃん
そうだよ。私立行くなんて、話違うじゃん。
と、教室のドアの前に立っていたぶんちゃんが言った。
男にしては背が低くて可愛らしい、あたしの大切な幼なじみ。
小学校の頃からずっと同じクラスで、一緒にバカばっかりやってきた。
あーずーと同じく、わがままなあたしに付き合ってくれる、大事な友達だ。
いったいどの辺から聞いてたんだ。
あーずーと同様に口うるさいぶんちゃんをスルーして、窓側の最後列の自分の席へと移動する。
腰をおろすと、ぶんちゃんが続けた。
ぶんちゃん
一緒の高校行くって言ったじゃん。
ぶんちゃんが行きたいのは、市内では中間くらいの偏差値である南高だ。
小学校からずっと一緒にいたぶんちゃん。
高校も同じところに行こうと約束したのは、確か二年生の時だった。
でも、勉強が嫌いなあたしにとって、そんな普通のレベルの公立高校ですら合格は危うい。
私
でもさ、あなた入れるかわかんないじゃん。
ぶんちゃん
わかんないから頑張るんだよ。
あーずー
そうだよ!あたし勉強教えるし、頑張ろうよ。
成績優秀なあーずーも言った。
ふたりに圧倒されて、あたしは少し怯む。
どうしてこんなに張りきっているんだろう。
前向きになんてなれないあたしにとって、ふたりは少しまぶしい存在だった。
あーずー
頑張ろうね
あーずーがあたしの肩に手を乗せる。
三人はいつも一緒にいたのに、いつまでも意地を張って素直になれない子供なのは、あたしだけなのかな。
ぶんちゃんなんて、つい最近まであたしより小さかったのに、今はもう見上げるくらいになっていて、なんだか少し取り残された気分になる。
ぶんちゃん
来月、南高の体験入学あるから一緒に行くぞ。
私
うん。気が向いたらね。
あーずー
絶対行かないでしょ!いいから行かなよっ。ぶんちゃん、ちゃんと連れてってね。
ふたりの勢いに負け、渋々うなずいた。

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