欠伸をしながら踵を返してキッチンから出ようとすると、誰かにぶつかる。
というより、身長差故に「相手」の顔面が私に衝突する、と言った方が適切か。
わざわざ説明する必要もないと思うけれど、同じく身長差のおかげで事故チューからの「私の初めて奪われちゃった///責任取ってよね!」とかいう少女漫画のヒロイン展開には死んでも持ってかれない。
持ってかれてたまるか。
なんて割とのんきな思考に浸りながら下を向く。
…見えた特徴的な白髪で察する。
ス、と紫の目を細めて眼帯を押さえる凱龍院君の言葉に被せるように言う。
おそらく「おはよう。今から二先輩のご飯を食べる」といった感じのことを言いたいのだろうがいつもの中二病言語ラッシュが始まったのでスルーしておく。
…ということは、まだやってこないのは一人だけ。
さすがにそろそろ起きないとまずいけど、私は絶対起こしに行きたくない。
と、まるで心を読んだかのようにいいタイミングで虹河先輩にご飯を与え終えて、立ち上がった皆瀬先輩が笑顔で私に言い放つ。
だってオレ男だし……クスリちゃん女の子だし、倫理的にそれは……などとうじうじ言ってるのをガン無視で時計に目をやる。
まだ少しだけ、時間がある。
さて、靴下を取りに行こうか。
いや嫌だ、そうすれば あの女と鉢合わせるのはほぼ確定だし。
でもあの人が起きなくて叱られるのは虹河先輩と私だ。
虹河先輩が怒られるのは別にいい(むしろ本人が常に爆睡している)けれどそれで私が怒られるのは…Hmm………。
気楽そうに言って、虹河先輩をひょい、と背負う皆瀬先輩をスルーしてダイニングを出る。
正直彼女を起こすというだけで気が重い。
同室だからしょうがないのかもしれないが、ここに来てからずっと訴えていることだ。
頼むから部屋割りを変えてくれ。
「クスリとやめちゃん」とかいうふざけたネームプレートが掛かっている部屋のドアをノックする。
まるで私が自分のことを「やめちゃんだっぴ~☆」とか言ってる陽キャみたいじゃないか。
多分そういう先入観をもってから、私の顔を初めて見る人がいたらおそらく気絶する。
あ、言い過ぎか。「ひぃっ」とかいう高くて細い悲鳴を上げてガクブルするぐらいが相場か。
何て、ノックしてから返事があるまでのわずかな間の現実逃避はすぐに終了する。
あーー、めんどくさい。
テコでもドアの前から動かないつもりで、平然を装って声をかける。
この人実は起きてそうなんだよな。
再び、「¥「@;…」という謎の言語での声が発せられる。
腕時計を再び見る。
そろそろ本格的に時間がやばい。
と、部屋の中から「あ!」という明らかに覚醒したであろう大きな声がして、やっとか…と扉の前を離れようとする。
が、もちろんこの女がそんな人間であれば、私は今頃こんなにこの女を嫌いになっていないわけで。
さらに再び、眠そうな声で
などと宣いやがる。
どたばたと周りの部屋を出入りする皆さんには、私の顔面はいつも通りの不機嫌顔に見えていただろうが、頭の中では余裕で中指立ててた。
顔も思いっきりゆがめてた。
何で顔に出さないか? いい子が怖がるからだよ。
その結果、私ははぁ、とため息をついてドアを開ける。
そして––––––。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。
登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。