第15話

吉田まおみ②
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2026/05/29 09:00 更新
放課後のグラウンドは、薄暗い夕日に染まりながら汗の匂いをまとっている。

トラック種目の100メートル、200メートル、800メートル、それからフィールド種目の走幅跳、走高跳、砲丸投、やり投。それぞれが自分の専門種目の練習に力を入れていた。
部員
すごい、またタイムが上がった……!
そんな中、100メートルのレーン前が賑わっていた。

みんなの視線を集めている聖奈は「調子がいいのでもう一本いいですか?」と声をかけ、またスタートラインに立つ。

そして風を切るように走り出すと、またタイムが伸びていた。
先生
渡辺わたなべさん、本当にすごいわ!
タイムを計っている顧問の先生も、聖奈の成長に驚きを隠せず、興奮した様子だ。
聖奈
聖奈
いや、まだまだですよ。だってまだまおみの記録に追い付けてないですから
先生
それでもこのタイムだったら、次の大会はかなり期待できると思うわ
聖奈
聖奈
わー本当ですかっ?
遠くからでも、聖奈のやる気がひしひしと伝わってくる。

100メートルの女子の平均は17秒台。陸上部員だと大体15秒前後で、私の最速記録は14.5秒だ。

今まで聖奈は15秒を切ったことがなかったのに、今では確実に14秒台をキープしている。
まおみ
まおみ
(い、いつの間にこんな………)
聖奈の進歩を見るたび、私の中に焦りがつのる。

彼女がこんなにも速くなったのは、私の走り方を完璧に真似するようになってからだ。

見れば見るほど聖奈の走りのフォームは、私そのもの。

それなのに周りは、聖奈自身が努力して作り上げたと思っている。
部員A
聖奈って、本当に努力家だよね!
部員B
うん、聖奈の頑張りを見てると、うちらも負けてられないって感じ!
まおみ
まおみ
(あの走り方は、私が必死で手に入れたものなのに……)
聖奈のタイムが上がるたびに、気ばかりが焦ってしまい、私は思うように走れない。

今は大会に集中しなければいけない時なのに、タイムもどんどん落ちている。
まおみ
まおみ
(どうしよう、どうしよう……)
次の大会は出場制限はないけれど、いい結果を出さないと全国進出は望めない。  
まおみ
まおみ
(もしも、聖奈に負けたら……)
まおみ
まおみ
(ううん、そんなわけない)
まおみ
まおみ
(だって聖奈より私のほうが実力は上だし、タイムだって抜かれたことは一度もない)
聖奈
聖奈
まおみー!!!
聖奈
聖奈
さっきね、自己新記録が出たの、ほら!
嬉しそうにこちらに駆け寄ってきた聖奈の手には、14.6秒と表示されたタイムウォッチが握られていた。
聖奈
聖奈
あと0.1秒でまおみに追い付くよ!
ドクンドクンと、心臓がうるさい。

聖奈には悪気も、私に対する敵意もない。それはわかっている。わかっているけれど、冷静ではいられない。
まおみ
まおみ
そ、そんなのまぐれでしょ。一回すごいタイムが出たからって維持できるとは限らないし
聖奈
聖奈
うん、だから維持できてるまおみは本当にすごいし尊敬する! 私ももっともっと頑張らなくちゃ!
聖奈の無邪気な言葉が、どうにもこうにも鼻につく。彼女は「もう一本走ってくるね!」と言って、またトラックのほうに向かっていった。

聖奈には負けない。負けるはずがない。

だけど、焦りはさらに膨らんでいく。
部員
ねえ、そういえばひそかちゃんの噂知ってる?
その時、同じ陸上部員の声がした。
部員A
あー寿命と交換でアイテムをくれるユーレイでしょ?
部員
寿命って、どのくらい奪われるんだろうね?
部員A
ちょっと、あんた、まさか密ちゃんにアイテムをもらうつもり?
部員
だって、気にならない? 寿命と交換なのは怖いけど、例えば大会で絶対に勝てるアイテムとかもらえたら最高じゃない?
部員A
最高だけど、それってドーピングと同じじゃん
部員
バレなきゃいい話でしょ。みんな口に出さないだけで自分以外は負けろって思ってるよ
部員A
たしかにね。ひたむきに頑張ってますって子ほどお腹の中真っ黒だもんね
私は女子たちの話に耳を傾けながら、練習に打ち込んでいる聖奈に目を向けた。

聖奈は人懐っこい性格も相まって、色んな人からアドバイスをもらっているだけじゃなく、顧問の先生のことも独り占めしている。

そこに悪意はないから仕方ないって思っていたけれど、今は意図的にやっているのではないかと思いはじめている。

そして、真似をされた私が強く怒れないことも彼女は知っているのだ。

勝手にモヤモヤして、勝手に焦っている自分が悪いと思っていたけれど、そうじゃない。
まおみ
まおみ
(聖奈のほうが、よっぽど性悪だ)
私は夕焼けに染まっている旧校舎を見つめた。
まおみ
まおみ
…………密ちゃんのアイテムがほしい

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