あと数日で今年も終わり。
今年の初めにこのバーを先代のマスターから譲り受けた。
彼は奥さんの実家があるソウルに引っ越して、そこで新たにBarをオープンした。
数回足を運んでみたそのBarは、新しく開いたのにも関わらず、懐かしい匂いが漂う、落ち着いた雰囲気の先代らしい店内だった。
ここのより少し明るめのチェリーの木材を使った温かみのあるカウンターで、先代が出してくれたバーボン・ウィスキーは格段に美味しかった。
また飲みに行きたいな
そして...夏前に別れがあったっけ。
ずっとこんな生活だったから元々会う時間は少なかったけど、自分のBarとしてやり始めてからプライベートなんてそっちのけで、休日は不定期、その休みは夕方くらいまで寝てたり...
ドライな性格の彼女でさえ、ついに愛想尽かして離れていったな...
元気でやってんのかな?
あぁ...
なんか飲みたくなってきたな
さっき、きれいに整理したボトルの棚からドライジン、スイートベルモット、カンパリを手にとって机に並べた。そして冷蔵庫からタッパーを取り出す。
ロンググラスに氷を入れる度に静かな店内にカラン、カランと音が響く。
このカクテルは好きなフレーバーの酒を一番最初に注ぐのがポイント。
最初に氷にふれた酒の香りが、カクテルの風味に強く表れる。
スイートベルモットだったな。
スイートベルモット、ドライジン、カンパリの順にグラスに注ぐ。
鮮やかなカンパリの赤に、氷の上に乗せた輪切りのオレンジが最後の色を添える。
「ネグローニ」
グラスに口をつけると
さわやかなジンの香り、カンパリのほろ苦さ、スイートベルモットの甘い風味が織りなす複雑な味わいが口いっぱいに広がる。
もう一口、今度は舌の上で転がすように味わうと、鼻の奥に広がる深い香り。
最初、聞いた時は衝撃的だったな
好きなカクテルがネグローニって...
年上で酒強くてあの性格なら、まぁ分かるけど。
グラスに手に伸ばした時、
ガチャ
扉が開いたと同時に冷えた外気が店内に勢いよく入ってきた。
しばらく言葉を失っていると、黒のダウンコートを羽織ったショートカットの女性はズカズカと店内に入ってきて、目の前のカウンター席の後ろで止まった。
カウンターの上のダウンライトに照らされた彼女の大きな黒目が見つめてくる。
そう言うと、カウンターの上にあった飲みかけのネグローニのグラスを手にして、赤い口紅のついた唇に運んだ。
女性の唇とグラスの間にできた少しの隙間から聞こえる声。
まったく....なんてタイミングんだよ
これじゃまるで
彼女がグラスを口に運ぶ度に中の氷がうるさく音を立てる。
カウンター越しに見える目尻を下げた彼女の笑顔に、不覚にも胸がぎゅっとなる。
「たまたま」って...
別に駅近くでもないし、通りに面してるわけでもない。(時々、道に迷ってる人とかはいるけど)
用がなければ、こんな場所来ないんだよ。
カウンターを出て、店のドアを開けた。
ドアの灯りを消してから、静かに店内へ戻る。
俺が笑うと、俺より嬉しそうにするんだよな。
何も変わらないね、ヌナは。
ネグローニのカクテル言葉は
「初恋」
初恋じゃない、でもちゃんと続いたのはヌナが初めてだったな。
本気で好きだったし...
スイートベルモットの甘みのような可愛いらしい「初恋」じゃなくて、カンパリの苦味が創り出す「複雑な恋心」...
やっぱりネグローニだな
☆〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆
明けましておめでとうございます🎍
2023年もどうぞどうぞ宜しくお願いします✨
(本編ではご挨拶させて頂きましたが、こちらでも新年のご挨拶をさせていただきました)
前回のお話からずいぶんあいてしまいましたが、お待たせしました!!
今回のネグローニ、
若い頃、お付き合いしていた年上の彼氏がホテルのBarに連れていってくれた時に、彼が飲んでいたカクテルでした。当時の私には大人なカクテル過ぎて、美味しい、美味しくないの味も分からず、ただカクテルの名前だけ覚えてました 笑
このBarのお話に使いたくて、早速登場させました。
SUGAさんの本名、サラッと出ちゃいましたね(読者の皆様はご存知のことと思いますが😅)
今回のお客様は本編に出てくるかは未定です。
ソウル行っちゃうらしいし...ソウル?...ソウルね...
ではでは、気まぐれで不定期営業のBar Sel et Sucre、今後もよろしくお願いいたします♪
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!