12月に入ると、住宅街に佇むこのBarも忙しくなってくる。
今夜は金曜日、開店してすぐにドアが開いた。
女性2人組、1人は旦那様と何回か来店したことがある。もう1人は初めてかな。
大人の魅力に溢れていて品がある、Theマダムのような彼女達はカウンターの真ん中あたりに座った。
シャンパングラスを棚から取り、彼女達の前に静かに置き、適度に冷えたシャンパーニュを注ぐ。
なるべく泡を立てず、ゆっくりと...
きらめく黄金色で満ちていくグラス
繊細な気泡が弾ける度に広がる華やかな香り
グラス同士を軽く触れさせて、口元に持っていった。
久しぶりの再会で話に花を咲かせているのかと思いきや、いきなり声のトーンを落とした女性たち。
あぁ...やばい
バーテンダーとして一番やってはいけない事をしてしまった。
会話を勝手に聞いて、それに反応してしまった...
急いで女性達に頭を下げる。
この女性のご主人様、チョン ソンホ氏は広告代理店の経営者で、仕事仲間や部下、そして取引き先の方々とよく来店する。
真面目で優しい、笑顔が素敵な男性だ。
彼が唯一連れてくる女性は奥様だけだった。
二人でこのカウンターで飲んでいる時、ソンホ氏を見ればすぐ分かる。
奥様を本当に愛しているという事を。
だからこの目の前でいきなり始まった会話に、心の底から驚いた。
女性は首を横に数回振ってから、グラスに残っていたシャンパンを飲み干した。
2つの空いたシャンパングラスを見つめて、少し考える。
そして新しいグラスを用意して、1つには先ほどと同じシャンパーニュを注ぐ。
もう1つのグラスには、棚から手にしたアップルブランデーのカルヴァドスとシャンパーニュを入れて、軽くステアする。
グラスの淵に小さめのカットアップルをつけてコースターの上に置いた。
それからBarには彼女達の楽しそうな声が響いていた。BGMの音より大きめな笑い声が店内の雰囲気を明るくさせる。
久しぶりの再会は、こうでなければ。
息子が美人な彼女を家に連れてきた
(嬉しいですね)
娘の模試の結果が悪かった
(頑張ってくださいとしか言えません)
旦那の秘書がなかなか笑ってくれない
(そうですか....笑)
次の旦那の転勤は絶対阻止したい
(会社に乗り込みましょう!)
入口のドアがゆっくり開いて、ヒヤっとした空気と共に男性が入ってきた。
(あぁ...来たか、よかったな)
奥様にこのカクテル言葉は伝えなかった。
夫婦二人の事は、俺なんかがなにも言う権利はないけど、今夜の話だけ聞くと
あの時引き留めた奥様の強さと、ご主人様を信じ続けた優しさが、
この夫婦の絆の大事な支柱なのかな、と柄になく思った。
ービッグアップルー
「強さと優しさ」
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。