第2話

Drink2 -ビッグアップル-
2,046
2022/11/18 12:34
12月に入ると、住宅街に佇むこのBarも忙しくなってくる。
今夜は金曜日、開店してすぐにドアが開いた。


女性2人組、1人は旦那様と何回か来店したことがある。もう1人は初めてかな。
SUGA
SUGA
いらっしゃいませ
女性 Ⅱ
SUGAくん、ひさしぶり!
早い時間にごめんね
SUGA
SUGA
いえ、お好きな席にどうぞ
大人の魅力に溢れていて品がある、Theマダムのような彼女達はカウンターの真ん中あたりに座った。
女性 Ⅱ
ここね、たまに主人と来るの。
女性 Ⅲ
へぇ、素敵なBar♪ 連れてきてくれてありがとう。
女性 Ⅱ
レストランで予約してるんだけど遅めの予約時間だから、その前に飲もうかってなって...
SUGA
SUGA
かしこまりました、では少し軽めのを作りますね。
女性 Ⅲ
あ、最初はシャンパン頂いてもいいですか?
SUGA
SUGA
もちろんです。
シャンパングラスを棚から取り、彼女達の前に静かに置き、適度に冷えたシャンパーニュを注ぐ。

なるべく泡を立てず、ゆっくりと...

きらめく黄金色で満ちていくグラス
繊細な気泡が弾ける度に広がる華やかな香り
女性 Ⅲ
では...久しぶりの再会に乾杯
女性 Ⅱ
乾杯♪
グラス同士を軽く触れさせて、口元に持っていった。
女性 Ⅲ
ん〜美味しい♪  
女性 Ⅲ
はぁ....   何年ぶりだろ?
女性 Ⅱ
帰ってきてたなら、もっと早く連絡ちょうだいよ
女性 Ⅲ
うん、ごめんね。娘の学校の転入手続きだったり、慣れた頃に塾探しとかね
女性 Ⅱ
ソユンちゃんも受験生だなんて.... 前に会ったのってソユンちゃんが幼稚園生じゃなかった?!
女性 Ⅲ
えー!そんなに前??
女性 Ⅲ
あー!でもそうかも!
グガくんが一年生だった!
女性 Ⅲ
そしてあの話聞いた時だったね...
女性 Ⅱ
...あぁ...そうだったね
久しぶりの再会で話に花を咲かせているのかと思いきや、いきなり声のトーンを落とした女性たち。
女性 Ⅲ
あのソンホさんが「女性を追って海外に行きたい」だなんてね
SUGA
SUGA
え?!
あぁ...やばい
バーテンダーとして一番やってはいけない事をしてしまった。
会話を勝手に聞いて、それに反応してしまった...
SUGA
SUGA
大変申し訳ございませんでした!
急いで女性達に頭を下げる。
女性 Ⅱ
ふふふ 笑
女性 Ⅱ
SUGAくんでも驚いた? 
あの人がそんな事をって?
SUGA
SUGA
...はい....でも勝手にお話を聞いてしまい本当にすみませんでした...
女性 Ⅱ
それがお仕事でしょ、バーテンダーさんは〜
女性 Ⅲ
そっかソンホさんの事知ってるんですもんね
SUGA
SUGA
素敵なご主人様です
女性 Ⅱ
その「素敵なご主人様」が、ある女性に会いたいから海外に行って来ていいかって聞いてきたの
この女性のご主人様、チョン ソンホ氏は広告代理店の経営者で、仕事仲間や部下、そして取引き先の方々とよく来店する。

真面目で優しい、笑顔が素敵な男性だ。

彼が唯一連れてくる女性は奥様だけだった。
二人でこのカウンターで飲んでいる時、ソンホ氏を見ればすぐ分かる。
奥様を本当に愛しているという事を。


だからこの目の前でいきなり始まった会話に、心の底から驚いた。
女性 Ⅲ
あれ?結局どうしたんだっけ?
女性 Ⅱ
....引き留めたよ
女性は首を横に数回振ってから、グラスに残っていたシャンパンを飲み干した。
SUGA
SUGA
何かお飲みになりますか?
女性 Ⅱ
SUGAくんにお任せするわ
女性 Ⅲ
私は、さっきと同じシャンパンをください〜
SUGA
SUGA
はい、かしこまりました
2つの空いたシャンパングラスを見つめて、少し考える。
そして新しいグラスを用意して、1つには先ほどと同じシャンパーニュを注ぐ。

もう1つのグラスには、棚から手にしたアップルブランデーのカルヴァドスとシャンパーニュを入れて、軽くステアする。
グラスの淵に小さめのカットアップルをつけてコースターの上に置いた。
SUGA
SUGA
ビッグアップルです
SUGA
SUGA
本来のビッグアップルはウォッカとアップルジュースで作るんですが、これもなぜかビッグアップルと呼ばれてるんです。
女性 Ⅱ
美味しい♪ ありがとう
女性 Ⅲ
引き留めて当たり前よ!
女性 Ⅲ
で、誰だったの?その女性って...聞いたの?
女性 Ⅱ
聞かなかった...でも大切な人だって事は分かった。
女性 Ⅱ
普通に浮気や不倫ならね、「出張行ってくる!」て言えば済んだんじゃないかって思ったの。
女性 Ⅱ
なのに敢えて、「ある女性に会いたい」って...相当な覚悟で言ったと思う。
女性 Ⅲ
...そうだね
女性 Ⅱ
あの時はジョングクも小さかったし....それにここで彼を行かせたら、もう戻ってこないんじゃないかって...本能っていうの?それが「行かせちゃダメ」って言ってた気がする
女性 Ⅲ
それからは?
女性 Ⅱ
なーんもないの。あれからあの話は一切してこなかったな...
今日久しぶりに思い出したけど、なんだったんだろう...本当に
女性 Ⅲ
その後、信用できなくならなかった?
女性 Ⅱ
ずっと...
女性 Ⅱ
ずっと信じ続けてるよ
女性 Ⅲ
今....
女性 Ⅲ
チェアは幸せ?
女性 Ⅱ
うん、すごい幸せ♪
それからBarには彼女達の楽しそうな声が響いていた。BGMの音より大きめな笑い声が店内の雰囲気を明るくさせる。

久しぶりの再会は、こうでなければ。

息子が美人な彼女を家に連れてきた
(嬉しいですね)

娘の模試の結果が悪かった
(頑張ってくださいとしか言えません)

旦那の秘書がなかなか笑ってくれない
(そうですか....笑)

次の旦那の転勤は絶対阻止したい
(会社に乗り込みましょう!)
女性 Ⅲ
あ、もうそろそろレストランの予約の時間じゃない?
女性 Ⅰ
本当だ!
入口のドアがゆっくり開いて、ヒヤっとした空気と共に男性が入ってきた。

(あぁ...来たか、よかったな)
SUGA
SUGA
いらっしゃい
男性 Ⅰ
こんばんは....えっと...いいですか?
SUGA
SUGA
もちろん、どうぞ




奥様にこのカクテル言葉は伝えなかった。

夫婦二人の事は、俺なんかがなにも言う権利はないけど、今夜の話だけ聞くと

あの時引き留めた奥様の強さと、ご主人様を信じ続けた優しさが、

この夫婦の絆の大事な支柱なのかな、と柄になく思った。








ービッグアップルー
「強さと優しさ」

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