第21話

[夢]夜の逢い引き
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2020/03/02 20:01
※逢い引き…デートの呼称
※※※17巻ネタバレ有





「ねえ、今から逢い引きしない?」

寝る支度を整えている私にそう囁いたのは、私の恋人である善逸くんだった。

私と善逸くん以外誰も居ないのに、まるで内緒話をするように。

口に手を添えて
耳元で
少し悪戯な笑顔を滲ませて。

善逸くんの金糸のような髪が楽しそうに揺れる。

「え…今から?だってもう夜だよ…?」

「夜だからいーんだよ」

にしし、と笑って座っていた私に手を差し出す。

はぁ。仕方ないな。

そう言いながら善逸くんの手を握り、重い尻を上げて立ち上がった。

…実は満更でもないのだけれど、気付かれないように心の奥に閉まっておく。

*

「暖かくなってきたけど夜は冷えるね」

寝巻きに羽織を着た状態だったから当たり前といえば当たり前なのだけれど。

冬から春に差し掛かる最中のこの季節は空気が澄んでいてどことなくいい香りがする。

「寒いならさ、手を繋げばいいんだよ。」

身震いした私に善逸くんはするり、と指と指を絡ませる。こうした方が密着して暖かいでしょ?と言いながら。

「善逸くん、なんだかご機嫌だね」

「ん?んー、今から行くところ、すっごく綺麗だからかな」

夜空を見上げながら楽しそうに歩く善逸くん。
どこに行くの?と聞けば「着いてからのお楽しみ!」といたずらっ子のように人差し指を口に当てる。

一体なんなのだろう。少し心が踊ってくる。

*

「善逸くん…もういい?」

「だめ!まぁだ」

そう言って私の手を優しく持ち引導する善逸くん。

もうすぐ目的地に着くから、と先程から目隠しをされていた。
正直めちゃめちゃ不安です。

「そんな不安そうな音させなくてもいいじゃん!!俺を信用して?!泣いちゃうからね?!」

「ご、ごめ…ん」

謝罪とともに急に視界が開けた。
着いたよ、と遅れて善逸くんが呟く。

そこには、満開の桜があった。
咲き乱れた桜は、月夜の光を浴びてきらきらと花弁を落としていた。

「わぁ、綺麗な夜桜…」

思わず感嘆の声を漏らすと、隣にいる善逸くんは満足そうに微笑んだ。

「昼間も良いんだけど、夜はなんかもっと儚くて綺麗だね」

「うん。花弁がすごく綺麗。」

隣を見ると、いつものうるささとは打って変わって静かに桜を見ている善逸くんがいた。

その横顔が、酷く儚げで。

「っ?!どっどどどうしたのあなたちゃん…?!」

桜の花弁のように
散ってしまう気がした。


気付いたら私は善逸くんを抱きしめていた。

ハッとして善逸くんを見上げると、先程の儚い笑顔は消え、白い肌は真っ赤に染っていた。

「…善逸くんは、どこにも行かない?」

「え…?」

任務に行くたびに思う事だった。
離れてもいい。どこに行ってもいい。
でも必ず帰ってきて欲しい。

「善逸くんは、桜みたいにすぐ散ったりしないよね?」

私を先に置いていったりしないよね?
そう言わせるほど善逸くんは儚げだったのだ。

善逸くんは少し戸惑った後、私をきつく抱きしめ返した。

「俺、俺…弱いから約束は出来ないけどさ。」

耳元でそう囁く。

「あなたちゃんと、少しでも長くいたいよ。幸せにしたいし、幸せになりたい。…昔はそんな事考えもしなかった。じいちゃんに恩を返すのに必死だったし、それ以外に生きる理由が見つけられなかったんだ。」

でも急に、その道が絶たれた。

「どうしようって思った。死んでも構わないって思ったよ。…でもさ、でもさぁ」

あなたちゃんがいるから。
あなたちゃんがどうしようもなく好きだから
生きようって思えたの、俺。

私の肩に埋もれて静かに涙を流す善逸くん。
いつもとは違う涙だった。

「…こんな事、夜にしか話せないもんね」

元々この話をするつもりだったのかは知らないけど。
善逸くんの本当の気持ちを知れて嬉しいな。
そう背中をさすりながら言う。

むくり、と私の肩から起き上がる。
「今は俺弱いから責任が取れないから言えないけど」

その目は、射貫かれそうな程に真剣だった。
思わず心臓が高鳴る。

「俺が強くなって柱になって、それで皆で鬼を全滅させたら」


俺と結婚して欲しい。


強く手を握られる。

月の光によってより一層輝く琥珀色の瞳に見つめられ、紅潮する私の頬を春の風が冷ましてくれる。

「私でよければ、喜んで。ずっと待ってるから、他の女の子に目移りしちゃだめだよ?」

「しない!しないから。…絶対、待っててね。」

月の下でもう一度抱き合う。


私たちを祝福してくれているかのように、
桜の花弁は一層舞い上がっていた。



*

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