鏡の前に座る、私。
数分前の髪が不揃いで荒んだ私はもういない。
真っ直ぐに伸びた髪は、胸元で綺麗に切りそろえられ、ほんのり甘いフローラル系の香りがする。
片付けを始めようとした志津さんに別なスタッフが声をかけ、
「ちょっとまっててね」
と言われた私は鏡の向こうの自分をただただ見つめていた。
こんな姿の私を、どこかで見かけたことがある。
いわゆるデジャブというものなのか否か。
「どうしたの芥。色気付いちゃってさあ」
鏡に映っていたはずの自分の顔が歪み、キヨリの姿を映し出す。
三日月型に釣り上げた口元で、私を嘲笑うかのように喋り出すキヨリに、殺意と憎悪が湧き上がる。
その念を汲み取ったのか、やつのケタケタと笑う声が脳内に響き渡ると共に、鏡の中に再び私が映る。
いや、私に似た誰か…
今の私はきっと、憎悪などの負の感情にまみれた酷い顔をしているはずなのに、
その人は驚くほど穏やかに微笑んで、なんだか泣きそうな顔をしていた。
「どうか、前世と同じ選択はしないでください。」
と一言告げるとその人は消えていき、周りの声や何気ない音が耳に入ってくる。
一瞬、自分のいる場所がなんだか分からなくなって辺りをキョロキョロと見回すと、
タイミングよく店内に入ってきた不死川が目に入り、手を振った。
東雲の姿を見つけるやいなや、目を見開いて唖然とする不死川。
冗談めいた感じでそう問うと、「その逆だァ」と言って私の背後に立った。
ふっと笑う不死川になぜか懐かしさを憶え、次の言葉に詰まる。
言葉に詰まった私のせいで沈黙が訪れ、なんだか妙な緊張感が漂う。
その沈黙を破ったのは志津さんの声だった。
そう聞いて驚く不死川に、2000円を受け取らせる。
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不死川の車の中で、ふと先日の伊黒との会話を思い出した私は、その話題へと切り替える。
「疲れてるのかも」と言って笑う東雲とは裏腹に、不死川は表情が少し固くなる。
心配してくれる恩師がいて、他人から受ける優しさがこんなにも嬉しいのかと感じる日々。
でも、平穏な日常を続けさせてくれないのが神様なのかもしれない。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。