突然のことに半開きになった口もそのままに、ゾムさんを見る。
「なぁショッピ君、眉間にシワ残るで。」
オレのデコにトンと指を当て、ゾムさんはゆるく笑ってそう言った。眉間から感じたゾムさんの指先の温度はやけに高かった。
「なぁ、なんか疲れとるん?」
少し硬くてオレのよりゴツゴツしている逞しい指の感触に神経を集中させ、なるべく無表情になるよう努める。
「いや…特に思い当たることは無いっす。
眉間のシワに関してだと、確実にパソコンだのスマホだのの画面の見すぎでしょうね。」
「ふぅ〜ん…」
オレはこの人のこの眼があまり好きではない。いや、正確に言うと、その眼がオレに向けられるのが嫌いだ。脳骨も脳みそも脳髄も、何もかも透かして見ようとしているようなその観察眼だ。
あぁ、それでオレの眼を見ないでください。あなたの眼を真っ直ぐ見れるほど、オレは正直な人間じゃない。
「…ていうか指、いつまでこうしとるつもりなんすか?」
近すぎてボヤけている指を差し、出来るだけ野暮ったく聞こえるように言った。
眉間にかかっていた圧力が消えた。
「すまん。拒まんからいいかと思って。」
組み直されたその指の爪は綺麗に切りそろえられていて、潔癖症のゾムさんらしいと思った。
「あとお前、髪そろそろ切った方がええで?
前髪目にかかって見えづらいやろそれ。」
アンタが言うか。
「ゾムさんに言われても…この長ったらしいのは別なんすか?」
ちょっとした仕返しに、ゾムさんの髪に手を通してみた。フードで大部分が隠れているくせに女のようにするりとした触り心地が指から伝わり、場違いな鳥肌が立つ。
「!!…オレのは、こういうもんやからな。」
「はぁ…意味分からんっすね。」
「ンハ、せやろな」
カラッとした苦笑い。
「ショッピ君、指ほっそいなぁ。」
ゾムさんから抜こうとした指を、優しく逃げられないように包み込まれる。その手指の温かさをモロにくらい、視界が一瞬滲んだ。
「…男相手に何してんすか。」
「クフッ、確かにな」
楽しそうな苦笑い。
同調しときながらも中々離してくれないもんだから、ゾムさんの体温が伝わって、移ってくる。じわじわじわと、染み込んでくる。
「…ッ!!」
そこから心すら読み溶かされているような気がして、思ったより強い力でその手を振りほどいてしまった。
「…ショッピ君」
「……な…」
声が、震えている。ダメだ。なんか言わんきゃいけんのに。このままじゃオレが追い詰められてるみたいになるやんけ。なのに、喉に栓されたみたいで、顔を少しでも動かすと目からなんか漏らしそうで…あかん。
「分かった。喋らんくてええわ。俺の事も見んくていいから。」
そう言ってゾムさんは、今度はオレに目隠しをした。じゅんじゅんとさっきより明確につたってくるゾムさんの温かさが、イヤだ。筋肉の全てを麻痺させてくる。やめて。やめてください。
ゾムさんの手にまで、水が伝ってしまう。
「…お前、ホント静かに泣くんやな。」
崩落したダムからどぽどぽ。もう止まらない涙。それをせき止めていた脳の命令はふつりと途絶えてしまった。
「…責める気もないし語る気もないから、頭の端っこくらいでええから聞いててや。」
オレは黙っている事しかできない。
「お前、周りにおる人間にもっと頼れや。ショッピ君が元々悩みとか相談するタイプじゃないのは皆分かっとる。分かってるからこそ、ショッピ君が疲れたりした時にちゃんと頼らせてくれるから。な?」
意味が分からん。こんなありきたりな言葉の一つひとつが、どうしてこれほど次から次へと涙を誘発するのだろうか。
というか、言語化できるもんならしとる。
こんな抽象的な精神ダメージは日々のチリツモでしかない。日々生活してるだけで何ヶ月に一度くらいこういう時がくる。大したこともないのに、何かを行っているだけで心臓がギュッてなって、その圧迫感が涙を押し上げてくる。要するにオレは生きてるだけでMP消費するクソ雑魚っていうだけの話。
「………」
見ないで。こんな情けないオレのことなんて見放してください。こんなあったかい手で、オレの醜態を隠そうとなんかしないでください。晒しあげて笑って捨ててください。
「…俺達は、お前のこと見放さんで。」
「……ック…」
俺の汚い考えなんか読まないでください。
その手が、その指がオレで穢れます。申し訳なさで嗚咽が漏れたじゃないすか。
「…やめてくださいよ、へんたい」
ガッサガサの絞り出した声で、思考透視能力持ちの脅威に意味の無い虚勢を張った。
クヒヒと唸り、脅威は言った。
「お前が自分から話せるようになるまで、
俺はずっと へんたい のままやで。」
オレの目にかけられた指が、愉快な調子で
少し踊った。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!