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第5話

しらないひとのはなし
 私の王子様は、やっぱり素敵で高潔な紳士だった。

 やましいことなんて一つもない、ただベッドの上で向き合って、髪を梳いてくれる。

 その手つきが心地よくて、私は今にも眠りに落ちてしまいそう。はぁ、幸せ……。
アベル
アベル
佳音が優しい夢を見られますように……
 優しい現実が私にささやく。

 私はその優しさに報いることができるのかな。



 × × ×



 朝日のまぶしさに目が覚めて最初に確認したのは、アベル様の苦し気な寝顔だった。

 その表情には切実さが溢れていて胸が締め付けられるような気がした。

 こういう時は起こした方がいいって、いつか読んだ占い雑誌に書いてあった、よね?

 でも、どうやって起こせばいいの?
アベル
アベル
アンナ……
 どう考えても女性の名前、なんだけど。

 え、えっと……アンナさんっていう使用人さんがいるのかな?それともかかりつけのお医者さんとか?

 その人を呼べばどうにかなるのかな?
佳音
佳音
アンナさん!
 呼び声に応えたのはセツさんだった。

 ……アベル様が苦しみながら名前を呼ぶアンナさんって、誰なの?



 × × ×



アベル
アベル
すまなかったね、佳音
 アベル様はセトさんが出してくれたベーコンエッグトーストを飲み下してから私に謝った。

 アンナさんって言ったことを謝ってるのかな?アンナさんって、誰なんだろう?

 でも私はアベル様のお嫁さんなんだし、他の女性の話題でいちいち動揺するのも良くないのかも。

 左手の結婚指輪を撫でて疑問をぐっと飲み込み、アベル様のお話に耳を傾ける。
アベル
アベル
今日の午後はゆっくりと、二人で庭を歩こうか
 初めての外!しかもアベル様と二人きり!

 朝食を済ませた私は急いで衣装部屋に向かう。ドレスを選ぶだけでどれだけ時間がかかるかわからなかった。



 × × ×



 こっそり確認したら、輝く黄色いドレスはマネキンごとなくなっていた。

 もしかしたらあのマネキンも冷たいアベル様も幻想だったのかも!

 それでいい。それでいいの。

 私はアベル様に少しでも釣り合うドレスを探しに戻った。



 × × ×



 迷いに迷った末、大人っぽい藍色のタイトラインワンピースドレスを選んだ。

 セツさんに頼んで、鏡の前で化粧とヘアメイクを施してもらう。
セツ
セツ
奥様、お似合いですよ
 ちょっとお化粧をして、長い前髪を流して、後ろ髪をアップにしてもらうだけで、私なんかでもこんなに雰囲気が変わるんだ!

 自分にも色んな可能性があるのかなってわくわくしながら、アベル様の部屋のドアをノックした。

 灰色のモーニングコートとベストとスラックスをお召しになったアベル様が、お部屋のドアを開いた。

 すらりとしてとても美しい、スタイルの良いアベル様にお似合いのお洋服だ。
アベル
アベル
佳音、今日はいつにもまして大人っぽいね!
アベル
アベル
とても似合ているよ
 アベル様は褒めてくれた。けど、私、この人と並んでいいのかななんて視線を落とす。

 のっぺりした体が不釣り合いに美しいドレスに着られている。……恥ずかしい。
アベル
アベル
佳音、今度は何を心配しているのかな?
 アベル様が少しかがんで、心配そうに私の顔を覗き込んでくる。

 そうだ、自信をもってアベル様にふさわしいお姫様になるんだ。落ち込んでちゃいけない!

 元居た世界ならともかく、ここでは違う!私はアベル様のお姫様になるんだ!
佳音
佳音
な、何でもありません!早く出かけましょう、その、あ……
佳音
佳音
アベ、ル……?
 せめて気持ちだけでもアベル様……じゃなくてアベルに並び立ちたい。

 アベル様はにっこりと微笑んで、それから苦しそうな表情を見せた。
佳音
佳音
あ、アベルさ……アベル!もしかして体調が悪いんです……じゃなくて、悪い、の?
アベル
アベル
いや、笑いをこらえようとしたら変な顔になってしまった、というか。はは
佳音
佳音
おかしかった……?
アベル
アベル
嬉しくて笑えてきたってだけだよ
 アベルが私から目をそらしながら、気まずそうに人差し指で頬を掻く。

 なんだかとても珍しいものを見たような……。アベル、かわいい!