私の王子様は、やっぱり素敵で高潔な紳士だった。
やましいことなんて一つもない、ただベッドの上で向き合って、髪を梳いてくれる。
その手つきが心地よくて、私は今にも眠りに落ちてしまいそう。はぁ、幸せ……。
優しい現実が私にささやく。
私はその優しさに報いることができるのかな。
× × ×
朝日のまぶしさに目が覚めて最初に確認したのは、アベル様の苦し気な寝顔だった。
その表情には切実さが溢れていて胸が締め付けられるような気がした。
こういう時は起こした方がいいって、いつか読んだ占い雑誌に書いてあった、よね?
でも、どうやって起こせばいいの?
どう考えても女性の名前、なんだけど。
え、えっと……アンナさんっていう使用人さんがいるのかな?それともかかりつけのお医者さんとか?
その人を呼べばどうにかなるのかな?
呼び声に応えたのはセツさんだった。
……アベル様が苦しみながら名前を呼ぶアンナさんって、誰なの?
× × ×
アベル様はセトさんが出してくれたベーコンエッグトーストを飲み下してから私に謝った。
アンナさんって言ったことを謝ってるのかな?アンナさんって、誰なんだろう?
でも私はアベル様のお嫁さんなんだし、他の女性の話題でいちいち動揺するのも良くないのかも。
左手の結婚指輪を撫でて疑問をぐっと飲み込み、アベル様のお話に耳を傾ける。
初めての外!しかもアベル様と二人きり!
朝食を済ませた私は急いで衣装部屋に向かう。ドレスを選ぶだけでどれだけ時間がかかるかわからなかった。
× × ×
こっそり確認したら、輝く黄色いドレスはマネキンごとなくなっていた。
もしかしたらあのマネキンも冷たいアベル様も幻想だったのかも!
それでいい。それでいいの。
私はアベル様に少しでも釣り合うドレスを探しに戻った。
× × ×
迷いに迷った末、大人っぽい藍色のタイトラインワンピースドレスを選んだ。
セツさんに頼んで、鏡の前で化粧とヘアメイクを施してもらう。
ちょっとお化粧をして、長い前髪を流して、後ろ髪をアップにしてもらうだけで、私なんかでもこんなに雰囲気が変わるんだ!
自分にも色んな可能性があるのかなってわくわくしながら、アベル様の部屋のドアをノックした。
灰色のモーニングコートとベストとスラックスをお召しになったアベル様が、お部屋のドアを開いた。
すらりとしてとても美しい、スタイルの良いアベル様にお似合いのお洋服だ。
アベル様は褒めてくれた。けど、私、この人と並んでいいのかななんて視線を落とす。
のっぺりした体が不釣り合いに美しいドレスに着られている。……恥ずかしい。
アベル様が少しかがんで、心配そうに私の顔を覗き込んでくる。
そうだ、自信をもってアベル様にふさわしいお姫様になるんだ。落ち込んでちゃいけない!
元居た世界ならともかく、ここでは違う!私はアベル様のお姫様になるんだ!
せめて気持ちだけでもアベル様……じゃなくてアベルに並び立ちたい。
アベル様はにっこりと微笑んで、それから苦しそうな表情を見せた。
アベルが私から目をそらしながら、気まずそうに人差し指で頬を掻く。
なんだかとても珍しいものを見たような……。アベル、かわいい!
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。