午後8時。
着替えもせず床に座り込んでいたあなた。
あれから。
散々探したのに見つからなかったリング。
見つからなかった…
壱馬の…
くれたリング…
浮かべてしまう涙。
私から…
離れていく…
壱馬が…
いなくなってしまう…
頭をもたげて小さな肩を震わせた。
プルルル…
鳴り出した携帯。
ハッとして顔を上げると、涙を払って立ち上がる。
寝室に駆け寄って枕の下に手を突っ込んだ。
穏やかな声。
それとは真逆。
やたらと落ちたあなたの声。
それでも。
呆れた顔が想像出来た。
リビングを振り返る。
淡いピンクのワンピースとその上の封筒。
リングのことで頭がいっぱいだった。
あなたが黙った事が答えだった。
ったく…
あいつ…
忙しくても電話くらい出来んだろ…
危うく俺の努力が台無しになるとこだ…
下ろしかけた携帯を耳に戻す。
それだけを言うとブツッと切れた電話。
意味深な言葉。
でもそれを悩む時間はない。
ワンピースを取り上げるあなた。
クリスマスなのに…
傍にいることも出来ない…
でもきっと…
これからもっとそうなる…
壱馬は大きくなって…
今よりもっと上に行って…
私の元から…
いなくなってく…
見つからないリングのように…
軽く鼻をすすって着替える。
あの頃より少し緩くなった気がするワンピース。
身にまとって薄い化粧を施すと、髪を上手に纏めてあげた。
臣と想いを通わせたあの日と同じ装い。
扉に鍵をかけて大通りから乗ったタクシー。
店の住所を告げた。
走り出すタクシー。
窓の外に視線を投げれば、いつもよりずっと街は賑やか。
時折信号で止まると見える。
腕を組んだカップル。
幸せそうに顔を寄せ合って微笑み合って。
私が望んだこと…
壱馬を大きくする…
壱馬はそれに応えて…
大きくなろうとしてる…
分かっていたことよ…
こんな日が来る事は…
しっかりして…
あなた…
一人の女である前に…
あなたは…
作曲家…
アーティストが期待に応えたの…
だから…
寂しくなんかない…
悲しくなんかない…
私に出来ることは…
川村壱馬を…
輝かせる曲を作ることだけ…
自分を落ち着かせるように何度も繰り返す。
無意識に。
どうしても触ってしまう首元に無くなったリングは、あなたに壱馬の存在の大きさを教えるのに。
あなたはただ呪文のように呟き続けた。
私は作曲家…
ただの…
作曲家…
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。