第30話

お芝居
2,222
2021/04/28 11:11

臣の地方公演最終日の朝。



東京都内の有名結婚式場には、壱馬を欠いたお揃いのスーツ姿。

辺りをキョロキョロ見る慎。
樹
どうしたの?
慎
あなたさん、今日来るんだよね?
樹
パフォーマー撮る間に、壱馬さんとお芝居のシーン撮るんだって。
慎
壱馬さんいいなぁ…。
樹
まこっちゃんってあなたさんの事好きなの?
慎
え?そりゃ好きでしょ。
あんな綺麗で優しい人いないよぉ。

樹は少し考えた顔をした。



綺麗で優しい…

確かにそうだけど…

壱馬さんにはそうは映って無さそうだった…


あなたさんて…

何考えてるか分かんないよなぁ…




同じ頃。



東京湾が見える埠頭に止まってる一台の車。



その中に乗っていたあなた。

壱馬と一緒に監督から指示を受けていた。

監督
監督
豪快に喧嘩してもらって、壱馬くんを振ってもらえばいいから(笑)
(なまえ)
あなた
あ…はい…。

露骨に緊張した顔を俯かせる。

打ち合わせの時から、指示されるのはそれだけ。
壱馬
壱馬
心配すんな…。
(なまえ)
あなた
え……。

窓の外の壱馬を見上げる。
壱馬
壱馬
いつものあんたで居りゃいい。

伸びた手が頭にポンと乗った。
壱馬
壱馬
レコーディングの時と同じだ。
俺が嫌いだって顔してりゃ終わるよ。
(なまえ)
あなた
……え。
壱馬
壱馬
簡単だろ?(笑)

そう言って微笑んで見せた壱馬。



"そんなに俺が嫌いかよ…"



あの時…

壱馬はそう言った…


そう…

そうよね…


壱馬には…

私はそう見えてるのね…
壱馬
壱馬
そんな顔すんじゃねぇよ(笑)
一発で終わらしてやっから。

メイクさんがセットしてくれた髪。

クシャクシャとされた。
(なまえ)
あなた
ちょっとやめてよっ!

ムッとした顔で慌てて手を払うと髪を整える。

ケラケラ笑う壱馬。
壱馬
壱馬
それだよ、それ。
あんたのいつもの顔だ(笑)

スタンバイを求められると、壱馬は車から離れていく。
監督
監督
テイク!よーい!

カチン…と慣らされるとゆっくりと車に近付いてくる壱馬。

険しい視線を交わしあって、車にドンッと手をついた。



自分でそうしてきたの…

それでいいの…

分かってるの…



思わず身を乗り出した監督。

本当にケンカしてるみたいなやり取り。
壱馬
壱馬
ふざけんなよっ!
別れるってなんだよっ!
(なまえ)
あなた
子供なのよ。
付いて行けないわっ!
壱馬
壱馬
俺と別れてどこぞのオッサンと付き合うってか!?
(なまえ)
あなた
子供のワガママに振り回されるよりマシ!

掴まれた腕を振り払う。

胸元のネックレスを引きちぎると壱馬に押付けた。
(なまえ)
あなた
もう終わりよ!
さよなら!

ゆっくりと走り出す車。

サイドミラーの壱馬が映し出される。


一人残された壱馬のカットが終わると
監督
監督
オッケー!良かった!

監督の声が飛ぶ。


少し先で止まってる車に駆け寄る壱馬。

ハンドルを握りしめて俯くあなた。



特別な感情を持てば…

作れなくなってしまう…


だから…

嫌われて良かったはずなの…

そうなるようにして来たの…

それが壱馬の為になるの…



一粒落とした涙。

それを見た壱馬は、驚いて足を止めた。



だけど…

どうして…?


どうしてこんなに…

苦しくなるの…?


どうしてこんなに…

悲しくなるの…?



"俺が嫌いって顔してりゃいい…"

"いつものあんただ…"



口に出されたら、胸に刺さる。

車の中で、あなたは一人唇をキュッと噛んだ。

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