第8話

秋桜
2,982
2021/05/26 02:47

数日後。


レコーディングスタジオにかかった使用中の札。

ドンッと置かれたグランドピアノ。


椅子に座って鍵盤を叩くあなた。

優しい音色を奏でながら口ずさむ歌。


時折手を止めて譜面を書き直す。


ガコン…と音を立てて開かれる防音の扉。

静かに入ってきたのは臣。


邪魔しないように扉を閉めると壁に寄りかかる。


言葉では…

歌では…

伝えられない…

このメロディをキミに…

どう伝えよう…


目を閉じて歌うあなたを見つめる。


初めてお前の曲を聴いた時…

鳥肌が立った…

思い出すよ…

今でもハッキリと…


スタッフ
スタッフ
次の曲はこれで行こうと思いますがどうですか?
打ち合わせの席で聞かされたデモ。

みんな真剣な顔で聞いていた。
臣
いいね…(笑)
ポツリと呟くように言った。
隆二
隆二
作ったのは?
スタッフ
スタッフ
あ、あなたさんです。
NAOTO
NAOTO
あなた!?
スタッフ
スタッフ
はい。何か?
健二郎
健二郎
EXILEの曲、作っとる人やん…。
隆二
隆二
そんな人が三代目に曲提供してくれたんですか…?
スタッフ
スタッフ
何か…問題でも?
健二郎
健二郎
問題なんてあれへんけど、なんか恐れ多いやんな(笑)
頷くみんなの横で臣は譜面に視線を落とす。


"秋桜"


直筆で書かれたタイトルを指先で撫でた。
臣
これで行くよ。
臣に集まる視線。

肘をついた手に顎を乗せる。
臣
これがいい(笑)
誰の曲を作っていようが…

恐れ多かろうが無かろうが…

俺はあの曲に堕ちた…


あの曲を歌いたいと…

心底思ったんだ…



打ち合わせ終わり。
臣
今日って、あなたさん来てます?
スタッフ
スタッフ
あ、TAKAHIROさんのレコーディングに立ち合ってると思いますよ。
臣
ありがとう(笑)
臣は迷わすレコーディングスタジオに向かう。

重たい防音扉を静かに開いた途端。
(なまえ)
あなた
もう一度初めから。
女性の声が聞こえた。
TAKAHIRO
TAKAHIRO
またぁ?勘弁してよぉ…。
ブースの中で困った顔のTAKAHIRO。
(なまえ)
あなた
そんな下手くそな歌を世に放ちたいの?
文句言わずにもう一度。
TAKAHIRO
TAKAHIRO
その言い方。
軽く凹むんですけどぉ?
(なまえ)
あなた
凹んでる暇があるなら歌う。
TAKAHIRO
TAKAHIRO
へぃへぃ…。
入った瞬間驚きを隠しきれない臣。


TAKAHIROさんに…

下手くそって言った…


背後に気配を感じて振り返るあなた。

臣は小さく会釈した。


たった今。

自分の大先輩の歌を貶したとは思えない、穏やかな微笑み。

その後も、何度も歌い直しを要求するあなたを見て思う。


俺の知ってる…

どんな女とも違う…

なんだ…

この女…


自分の中の好奇心が膨れ上がるのを感じていた。

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