数日後。
レコーディングスタジオにかかった使用中の札。
ドンッと置かれたグランドピアノ。
椅子に座って鍵盤を叩くあなた。
優しい音色を奏でながら口ずさむ歌。
時折手を止めて譜面を書き直す。
ガコン…と音を立てて開かれる防音の扉。
静かに入ってきたのは臣。
邪魔しないように扉を閉めると壁に寄りかかる。
言葉では…
歌では…
伝えられない…
このメロディをキミに…
どう伝えよう…
目を閉じて歌うあなたを見つめる。
初めてお前の曲を聴いた時…
鳥肌が立った…
思い出すよ…
今でもハッキリと…
打ち合わせの席で聞かされたデモ。
みんな真剣な顔で聞いていた。
ポツリと呟くように言った。
頷くみんなの横で臣は譜面に視線を落とす。
"秋桜"
直筆で書かれたタイトルを指先で撫でた。
臣に集まる視線。
肘をついた手に顎を乗せる。
誰の曲を作っていようが…
恐れ多かろうが無かろうが…
俺はあの曲に堕ちた…
あの曲を歌いたいと…
心底思ったんだ…
打ち合わせ終わり。
臣は迷わすレコーディングスタジオに向かう。
重たい防音扉を静かに開いた途端。
女性の声が聞こえた。
ブースの中で困った顔のTAKAHIRO。
入った瞬間驚きを隠しきれない臣。
TAKAHIROさんに…
下手くそって言った…
背後に気配を感じて振り返るあなた。
臣は小さく会釈した。
たった今。
自分の大先輩の歌を貶したとは思えない、穏やかな微笑み。
その後も、何度も歌い直しを要求するあなたを見て思う。
俺の知ってる…
どんな女とも違う…
なんだ…
この女…
自分の中の好奇心が膨れ上がるのを感じていた。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。