第20話

誰が為の曲
2,327
2021/04/25 04:46

翌日。


相変わらず真っ黒な格好の壱馬。

打ち合わせの時間より早くついてしまって、ラウンジへ向かう。


4人がけのテーブル席。


誰より…

キミの笑顔をずっと見ていたい…

誰より…

辛い時こそ傍にいたい…

だけど…

素直になれなくて立ち止まってしまう…


透き通るような声。


この声…

身体に染み込んでくる…


椅子の背もたれに身体を預けて、窓の外を眺めていたあなた。

静かに近付く壱馬は、向かいに腰を下ろした。
(なまえ)
あなた
壱馬…。
壱馬
壱馬
今の…。
(なまえ)
あなた
え…。
壱馬
壱馬
兄貴の為の曲か…?
(なまえ)
あなた
やだ…聞いてたの…?
壱馬
壱馬
こんなとこで歌ってりゃ、嫌でも聞こえんだろ。

嫌味っぽくなってしまっ事を後悔した。
壱馬
壱馬
兄貴、喜ぶよ。
(なまえ)
あなた
……え。
壱馬
壱馬
よく言ってる。
またあんたに作ってもらいたいって。

目を伏せるあなたをチラッと見る壱馬。
壱馬
壱馬
俺らのなんか作ってないで、もっと兄貴に作ってやりゃいいんじゃね?

今のを聞けば分かるよ…


兄貴の好みが分かってるって…

あんたにしか作れない曲だ…
(なまえ)
あなた
壱馬…。
壱馬
壱馬
……あ?

フードを取って帽子の奥から覗かせる視線。
(なまえ)
あなた
あなたに…歌わせたい…。
壱馬
壱馬
……は?(笑)
(なまえ)
あなた
あなたの為に作った曲だって言ったら…歌ってくれる…?

驚きを顔に広げて見つめ合ってしまった。

それでもすぐに鼻で笑い飛ばして見せた。
壱馬
壱馬
何時間歌い直しさせられんだよ…(笑)

引きつった笑み。
壱馬
壱馬
ソロなんてまだやんねぇし、どう聞いてもそれは兄貴好みだろ。
あんたが作ったもんならぜってぇ歌うって言うし、そもそも、俺になんかくれねぇよ(笑)

あなたは少しだけ身を乗り出した。
(なまえ)
あなた
壱馬……私は…。

その先を遮る声。
スタッフ
スタッフ
あなたさん、川村さん、お待たせしました!

壱馬の視線が声のする方に逸れる。
きっと…

信じては貰えないわね…

今の私が曲を作ってるのは…

あなたの為でしかない…


初めてあなたの声を…

あなたの歌を聞いた時から…

私は必ず…

私の作る曲で…

この人を輝かせると決めた…


私にしか出来ないと…

信じていた…



だけど…

壱馬
壱馬
おい。

声をかけられてハッと顔を上げる。
壱馬
壱馬
行くぞ?
(なまえ)
あなた
あ…うん…。
壱馬
壱馬
あ、そう言えば、さっきの話の続き。
何だ?
(なまえ)
あなた
え…あ…。
何でもない…(笑)
壱馬
壱馬
気になんだろうが。
(なまえ)
あなた
あー…何言おうとしてたか忘れちゃった(笑)
壱馬
壱馬
なんだそれ…。

先に歩き出す壱馬の少し後ろからついていく。



だけど…

あなたはいつか…

私から卒業する日が必ず来る…


そうなる前に…

私の想いを注ぎ込んだ曲を…

ひとつでも多く歌って欲しい…


私のためじゃなく…

あなたが世界に羽ばたいていくために…



出会った頃より、確かに大きくなった壱馬の背中を見て、あなたは思った。


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