顔を上げる臣。
ブースに入ると、そっと華奢な背中から腕を回した。
ハッとして手を止めたあなた。
臣のコロンとカオリの甘い匂いが混ざり合う。
クスッと笑う。
立ち上がろうとするのを止めるように、強く抱きしめた。
この甘い匂い…
この腕に…
あなたがいると安心させてくれる匂い…
抱きしめられている腕に触れる。
小さな手。
ずっとこうしていたい…
ずっとこの匂いを感じて…
あなたの体温を抱きしめていたい…
身体を向き直らせる。
ピアノの蓋を静かにしめる。
色々書き込んだ譜面を腕に抱えた。
そう言って笑うあなたの腰を抱き寄せる。
一気に重ねられたキス。
息が止まりそうな程深く。
離れたくなくて長く。
鼻先が触れ合う距離で見つめられた。
頬をほんのり赤くするあなた。
臣はクスッと笑った。
こんなに…
一人の女を好きになるなんて思ってなかった…
こいつだけは…
誰にも渡したくない…
誰にも……
二人で待つエレベーター。
機械音を鳴らして開かれた扉の向こう側。
乗っていたのは壱馬。
言いつけを守る堅苦しい挨拶。
帽子の奥から覗かせる視線。
あなたと合った。
入れ替わって向かい合う。
ポンとあなたの頭に手を乗せると閉まっていく扉。
遮られるまでずっと外されなかった視線。
エレベーターホールに一人残された壱馬は、重たいため息をついた。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。