第59話

東雲
9,599
2020/04/22 16:24
あの寺子屋はここからずっと、東に向かって…山に雲がかかるのが見える場所に…
そう、名しか持たぬ私に姓を与えてくれたのはあの方であり、あの場所に因んで名付けられた姓を穢さぬように生きてきた。

.

.

.
??
あなた、何が見える?
『東を向けば、きれいな山に雲がかかるのが見えるよ、もうすぐ夜明けみたい、お日様も出てきた』
??
そうか、残念ながら私には見えない。
『…さんにも見せてあげられたらいいのに』
??
では、この景色を切り取ってあなたの姓にしよう。
『私の姓に?』
??
ああ。丁度『夜明け』と『東の雲』という意味を兼ねた姓を私は知っている。
『なんていうの?』
??
"東雲しののめ"と言うんだ。
『しののめ…きれい…』
??
気に入っただろうか。
『とっても、!』
??
なら良い。あなたの姓は己の帰る場所を示してくれる。
『己の帰る場所?』
??
そうだ。辛いことがあったら、いつでもここに帰って来るといい。
『うん…!』
.

.

.
何年ぶりだろうか、あそこへ戻るのは。あの方が私にこの姓を付けてくれたおかげで私は帰れる。
今も元気でやっているだろうか、行冥さんは。

プリ小説オーディオドラマ