中へ入ると外観の古びた様子とは大違いの輝きよう。
ゲーム機がギラギラと輝いていて、リズムゲームの音楽が鼓膜を力強く叩いてくる。
南はやりたいゲームが決まっているのか、躊躇うことなくゲームセンターの奥へと足を進め、私はその後を狼狽しながらついていく。
とは言え南がゲームセンターのゲームに食いつくなんて、かなり珍しい。
普段からパソコンゲームだったりモバイルゲームだったり、手頃なゲームを好むのに。
中を見渡してみるとなかなか人は見当たらなかった。
こんなに人がいないのに、どうしてここまでゲーム機が多いのか不思議でたまらない。
奥に進むに連れて、少しずつ聞き覚えのあるメロディが耳に入ってくる。
南は相変わらず少し早足で。ギラギラと目に悪い光を放っている空間から一転、聞き覚えのあるメロディが耳に入る。
会話終了。自分のヘタレさには自分でドン引きする。
いつもなら、もっと普通に話せるのに…昨日のこともあってかなんか話し方忘れちゃった…
半額出すよ、そう言ったのに。南は私をボックスの中に押し込むと全ての設定を一人で完了させてから入ってきた。
その表情はさっきよりもどこか嬉しそうで、でもやっぱりちょっとだけ怒ってて。
そんな時でも、少しふてぶてしい南の声でも苦しくなって。また目を逸らしたくなるほど、耳が熱くなった。
隣に南がいる。それはいつもと変わらないのに。
今日はいつもより強く感じる南の香水の香りと、いつもより少しおしゃれに見える可愛らしい私服のせいか心臓が何十倍もうるさくて。
ため息をついてこの息苦しさを解放したい。
でもきっと今ため息をついたら隣の人はもっと不機嫌になる。それか涙目。
南の声よりもっと甲高くて、少し聞き取りにくい音声の説明が終わる。
カウントダウンが始まると、私達の距離が少しだけ近くなって。
これは、撮影上仕方ないこと。仕事と思えば大丈夫。大丈夫…なはず
全っ然大丈夫じゃない
距離詰めろって言われたから距離詰めたらもうゼロ距離じゃん。ダイレクトにいい匂いしてくるのやめてよ。
ていうか腕。いつの間に腕組まれてたの?
気付かないって私緊張しすぎでしょ、メンバーにそんな緊張する必要ないのに
距離に比例して私の脳内は騒がしくなる。この数秒で何が起きたらこんなに緊張するのか。
はぁ…いい、今だけ我慢すればこれ以上は…
おかしい!絶対、南の感覚絶対おかしい!!
最後の最後。ようやくこの地獄とも言えず天国とも言えないこの謎の空間から逃げ出せる。
そんなことを思った瞬間、私の視界は誰かの綺麗な艶のある銀髪に覆われた。
嗅覚を襲う私の大好きな、でもちょっと嫌いな香り。
…唇に触れた、熱く柔らかいものは他の何者でもない、南の綺麗に赤い唇だった。
こっちからしたら笑い事でも大袈裟でもない。
ファーストキスを、こんなタイミングで、こんな場所で、まさかのメンバーにされる、なんて……
…これを得と考えるべきなのか、損と考えるべきなのかは私にはわからなかった。
好きな人にファーストキスを奪われた。それは一般的にみればきっと幸運なんだろうけど。
メンバーに。叶えられない感情の相手にされて、一瞬でもその感触に愛しさを感じてしまったのは、きっと今の私の考えには反してる。
隣でペンを片手に落書きしている人間の表情は柔らかい。
さっきの不機嫌さはどこかへ消え去り、幸せいっぱい。そんな顔をしている。
…南が私を好きだったら、いいのに
そんな都合のいいことある訳ないんだけどさ
これから最終話まで一日一話投稿しまとぅ。
朝6時とかその辺
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!