いつも私の名前を呼ぶこともない母親が、ある日私にそう声をかけた。
冷たい声が喉を通る。
嫌な予感がした。なにか、とんでもない爆弾を落とされるような、そんな予感が。
そう言った母親に、わざわざ行ってくるあたりが引っ掛かりながらも無表情を心掛けながら声を返す。
そこで言葉を切った母親に、背中に冷たい汗が伝うのを感じた。
母親のその言葉に、口からは、と声が漏れた。思考が一瞬だけ停止した。停止してしまった頭を急いで回転させ、話をまとめる。
母親が再婚するから、ここを出て行けと。
……は?この人、頭大丈夫?
再婚するから子供に家を出てけってどういうこと?
この人は本当に、私の事なんてどうでもいいんだ。
自分の事しか、考えていない。こんな人が親だなんて。
こみ上げてくる吐き気と嫌悪感を抑えて頷いた。
言葉を発せば無駄な言い合いになってしまう。
私は出来るだけ母親を見ないようにしながらリビングを出た。
はやく、出来るだけ早くこの家を出て行こう。
そう思って、ふと友達の事を思い出す。
ネットで出会って、偶然現実の方でもあった、大学生の友達。
彼女が、確か同居人を探していたはずだ。
スマホを取り出し、ネットのDMで連絡する。
すぐに返事が返ってきて、私は少し不思議に思う。
この人、いっつもすぐ見てるよね?
まあ、だったら今すぐに返事を聞く必要もないか。
そう思ってスマホの画面を消して、机に置いた。
結局、返事が返ってきたのは次の日の朝だった。
そういえば、とふと思い出す。
sorcierさん、私の事大学生だと思ってたな…まあ、いいか。
別に関係ないし。
少し濡れた窓に触れ、ほっと息を吐いた。
住む場所が見つかって安心していた私は、気づかなかった。
sorcierさんが、"兄妹"と言ったことの理由に。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!