中学時代
学ランを着た、シルクがいた。
シルクの周りには、いつものメンバー。
笑いに包まれる。
でも、シルクだけは、ジッと私の方を見ていた。
季節は春。
私とシルクが同じクラスになった年だ。
シルクは、こんな風に、私を知ってくれていたんだ。
突然、ザッと風が吹き、場面が切り替わる。
シルクたちは夏服に変わっていた。
その日は、中学校全国総体の翌日。
ソフト部はその年、全国大会への切符を手にし、学校中が大騒ぎだった。
……にも関わらず。
結果は、初戦敗退。
サヨナラ負けだった。
敗因は、ワイルドピッチ。
私の投げたボールが、キャッチャーのすぐ横を通り抜けてしまった。
確かに、ランナーは背負っていたけれど、三振をとるつもりでいた。
試合を振り出しに戻して、延長戦にもちこむんだ。
先輩たちを、まだ引退させられない…と。
……力んでしまった結果だった。
その日も、翌日学校へ登校しても、誰も私を責めなかった。
みんな、口を揃えて、
「全国へ行けたのは、あなたのピッチングのおかげだから」と言うのだ。
私は、それが辛かった。
だから、授業をサボって、屋上で一日中泣いていた。
そこに、突然シルクが現れた。
私は、顔を見られたくなくて、膝に顔を埋めていた。
だから、当時の私は、屋上に来たのがシルクだとは知らないままだった。
察して、早く出ていってほしい。
当時、そんなことを考えていたような気がする。
シルクは、状況を把握したようで、自分用にと持って来ていたミルクコーヒーを、私のそばにそっと置いた。
そして、
とだけ告げた後、頭をポンポンと軽く叩いて、屋上を後にした。
私は、その"誰か"の優しさに、心から感謝した。
ポツリと呟くと、また場面が切り替わった。
季節は、秋。
3年生が引退し、どの部活も新体制となった。
私たちソフト部は、相変わらず3年生が部活に顔を出し、楽しみながら活動することができていた。
でも、男子バスケ部が揉めているとの噂が、あちらこちらから聞こえてきていた。
1年の内からレギュラーとなったシルクのやり方に反発する後輩が続出し、3年生をも巻き込んだ派閥争いが起きているらしい。
キャプテンとして、部を一つにまとめなければいけない今、チーム内で揉めている時間などないはずなのに。
シルクは、水道の水を頭から被り、冷静さを保とうと必死だった。
その時、シルクがそばにいるとは思っていない3年生数名が、体育館から出てきた。
シルクは、掌の皮が千切れるぐらい、キツく拳を握りしめた。
信じられなかった。
3年のやり方も、それに従う1年も。
許せなかった。
「力こそ正義」を家訓として育ってきたシルクにとって、こんな卑怯なやり方は、到底我慢できるはずもなかったのだ。
ゲラゲラ笑っている3年の前に進み出ようとしたが、それは、思わぬ声によって阻まれることになった。
そこには、当時の私の姿が。
私の言葉に、バスケ部の連中は、見るからに憤怒している。
襲いかかるバスケ部。
慌てて、シルクが止めに入ろうとした。
でも。そんな必要はなかった。
………ドンッ!!!!!
鈍い音が響いたあと、バスケ部の一人が、鳩尾あたりを押さえて蹲った。
そばには、ソフトボールが。
目に見えて、青ざめていくバスケ部。
私はバッグから2球目のボールを取り出し、ピッチングフォームをとる。
慌てたバスケ部員たちは、蹲っていた仲間も連れて、あっという間に逃げてしまった。
声が届いたかは分からない。
でも、記憶が正しければ、ここからバスケ部は立て直し、シルクを基軸に大きく成長したはずだ。
シルクは、全てを見ていたんだ。
木の陰から。
そして、その後も、次々と場面が変わり、私が気づいていないシルクとの接点が、走馬灯のように映し出される。
シルクは、私が知らない間も、ずっと気にかけてくれていたんだ。
私は、その温かい気持ちに包まれて目が覚めた。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!