シルクのコンセプトは、始めから決めていた。
絶対的リーダーであるシルク。
まさに、"キング"だ。
動画の中でも、ほとんど負ける姿を見せない。
絶対的な存在。
もちろん、そんなシルクに惚れたのは私。
シルクの強さにときめき、シルクの強さに何度も感動した。
ここで、シルクの新しい一面を切り開く。
最後だから、と、衣装を思い切って崩す。
そして、髪を少し乱した。
メイクは、崩れることを想定してナチュラルに。
私は、靴を履かずにフィッティングルームを出た。
変わり果てた私の姿に、スタジオはシーンと静まり返る。
おぼつかない足取りで、シルクの元へ向かう。
その間に、メイクさんがシルクの髪を乱し、服も少し着崩すよう促した。
シルクの目を、ぼんやりと見つめる。
シルクも、どう言葉をかけたらいいのか分からないようで、名前を呼んだきり、黙ってしまった。
私は、スッと両手を伸ばしてシルクの頬を包み込む。
そして、これまでの12年間にも及ぶ恋心を思い返した。
始めは、純粋な憧れから。
カッコいい。
楽しそう。
溢れる生命力。
強さ。
……でも、声をかけるなんてできなかった。
クラスが同じになったこともある。
日直などの当番活動で、必要最低限の関わりだってあった。
だけど。
そこまでだった。
諦めようとした。
苦しかった。
辛かった。
忘れたかった。
長く続けば続くほど、思い出は美化されて。
そして、どんどん人気者になっていくシルクに、想いは募るばかりで。
ポツリと思いを声に出すと、自然と涙が溢れてきた。
シルクは、私の涙を見て大きく狼狽えた。
でも。
友だちになって、シルクとの距離が近づいて。
シルクの色んな表情に触れるうちに、美化されていた思い出が少しずつ変化してきた。
カッコいいシルク。
…どんなことも、諦めずに努力していた。
楽しそうなシルク。
…本気で毎日を楽しむために、陰で苦しさと戦い、打ち勝っていた。
先輩たちは、シルクの台頭に嫉み、そして蔑んだ。
部活棟から出てきたシルクの目元が赤かったこと、一度だけあったじゃないか。
生命力溢れるシルク。
…辛いことから逃げずに立ち向かっていく力。
挫折を何度繰り返したのか。
私の知らないところで、何度悔しい思いをしたのだろう。
強いシルク。
…強さは、弱さを乗り越えて手に入れるもの。
でも、弱さは消えたりしない。
いつでも、どこでも、すぐに取って代わろうと待ち構えている。
紙一重。
そうだ。
私は、残りの人生も、シルクを想い続けると決めたんだ。
シルクの表面ばかりを見てはいけない。
彼の心を、弱さを、受け止めたいんだ。
私は、溢れる涙をそのままに、ニッコリと微笑んだ。
私は、もう絶対に離れたりしない。
シルクを応援し続ける。
想い、続ける。
その気持ちが、伝わればいい。
私の名前を呼ぶシルク。
そして。
シルクの瞳から、一筋の涙が溢れた。
涙を拭わず、シルクは私の額に、自分の額をくっつけた。
自然と、恥ずかしい…なんて思わなかった。
そのまま視線を絡めて笑い合う。
これが、私が魅せたかったシルク。
ううん。
私自身が見たかった、シルクの弱さだった。
カットがかかる。
シルクは、自分の袖で、私の涙を拭ってくれた。
何が、とは聞かない。
私が過去を思い出していたように、きっとシルクも、これまでの思い出を振り返ったはずだから。
むしろ、見せてほしい。
シルクの弱さを受け止められる人間になりたい。
泣いたせいで、メイクはぐちゃぐちゃだけど。
私ができる精一杯の笑顔で応えた。
シルクはそう言うと、私をふわっと包み込んだ。
その、逞しい腕で。
メンバーに気づかれたようで、野次が飛んでくる。
シルクは舌打ちをして、そっと私の身体を解放した。
シルクの顔を覗き込むと、そこに、もう涙はなかった。
メンバーの元へとゆっくり歩いていく。
みんな、笑顔で迎えてくれた。
シルクは気づいているかな。
メンバーの目元が、少し赤くなっていることに。
きっと。
5人は、私なんかより、シルクの弱さを知っている。
知っていても、友だちだから入り込めなかったり、歯痒い思いをしたりしたのだろう。
シルクに聞こえないように、モトキがそう伝えてきた。
その一言に、全て集約されていると感じた。
シルクの弱さを引き出してくれて、
隠していた部分を引き摺り出してくれて、
ありがとう…と。
モトキと、顔を見合わせて笑った。
どうか、どうか。
シルクがシルクらしくいられるように。
そう、心から願った。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!