店に入ってきたのは、昨日見かけた姿のままのおっぱ。
…朝帰りならぬ夜帰りですか。
見慣れない高級そうなコートが、この店に合わないなんて思うのは失礼だろうか。
まだ心の整理がついてない私とは反対に、何故かすごく機嫌が良さそうな笑顔で入ってくる。
そう言って意味ありげに私に目線を送ってくる。
…なに、それ
奥さんの言った意味がいまいち分からず困惑する。
一体、いつの話だろう?
おっぱが、父に許可を得た上で私と一緒に住んでいることを話し始めた。
この前まで目立つのは良くないとか言ってたくせに、こんな簡単に話していいんだろうか?
それとも、私との関係なんて心配するに事足らない程度のもの?
このタイミングで言われるなんて、ついてない。
おっぱには確かに私の気持ちはバレてる。
それは重々承知だけど、こんな幸せそうな笑顔の人にわざわざもう一度実感して欲しくない。
私1人だけ気まずすぎて、レジ閉めの作業を進めて無言で片付けた。
すると、おっぱが楽しそうなまま口を開く。
なん、なの。
私がどんな思いでいると…
自分は彼女と楽しく過ごしてきてご機嫌で、その上私をバカにするわけ?
あまりにも酷い、、
私の好きな人って、こんな人だっけ?
もう気まずいのは通り越して怒りが込み上げてきた。
誰が悪いわけでもない。
おっぱは悪いことしてない、
彼女だって悪くない、
私だってただ片想いしてるだけ。
それなのに今はなんだか当たり散らしたい気分。
それでも人に迷惑はかけられないし、感情を殺すのは私の得意技。
ずっと空気みたいに生きてきたんだから。
店長と奥さんに頭を下げて、敢えておっぱには目もくれずにバックヤードに入る。
エプロンを脱いでタイムカードを押したら、カバンをひっつかんで裏口から出た。
後からおっぱが追いかけてくる。
早歩きで進むけどすぐに追いつかれる。
涙なんか出ちゃって、ありきたりなドラマのワンシーンみたいで笑えてくる。
カバンを持つ手を引っ張られたら、この後の展開はなんだろう?
涙を拭われる?
抱きしめられる?
感動的な瞬間?
そんなことあるわけないよね。
私に、かわいいヒロインみたいなことはできない。
おっぱの方は見ずに手を振り払った。
足を緩めずに家までの道を歩く。
こんな嫌なことがあっても帰る家は一緒だなんて、どんな拷問?
歩みを止めない私に諦めて、無言で並んで歩くおっぱ。
…なんか言ってよ。
せめてなんか言い訳してくれたらいいのに。
ごめん、の一言でもいいのに。
部屋に入って2人だけの空間になるとすぐ、さっきより強く手首を掴まれた。
持っていたカバンを無理やり奪われて床に投げられる。
至近距離で見つめられると私が悪者みたいじゃん…
目を逸らすと頬を掴まれ無理やり視線を合わせられた。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!