あの日、少クラの収録が終わったあと。
それから暫くし、なんだか誰かに呼ばれているような気がして廊下を歩いているとイキなりビューッと突風が吹き。
室内なのに有り得ない話し、俺の身体は否応なしにズルズルと引きずられポッカリ開いた穴の中へ。
咄嗟に叫んだ、その名の相手に届くわけもなく悲痛な声は虚しく響き渡り気がついたら暗闇の中にいたんだ。
怖くて、とにかく怖くてさ得体の知れない空間で。
どうして自分がこんな所に引きずり込まれたのか?サッパリ分からず、その場でうずくまりジッとしていると奥の方で何かが光りを放ち「あれは?」目をこらし見つめる視線の先に北山くんの姿が。
俺は必死で叫んだ、けど風の音で聞こえないのか
全く気づいてくれず手探りで這いながら、そこへ
向かおうとしたら。
「ざわっ、ダメ!」
(えっ、なに?なんだよ行かせてくれ行きたいんだ)
「ピューッ、そっちじゃない、こっち」
(うわっ、そんなに強く吹かないで)
まるで押し問答をしているかの如く向かい風になり押し寄せて来る風に俺は歯向かうように抗い続け。
と、その背中が俺の方へと振り返り。
やっと、気がついてくれ。
「ここです、ここ」俺は精一杯、手を伸ばす。
ピューッ!
でも、その間も風はさっきよりも強く吹いて来て。
思わず叫んだ、そのときガシッと腕を掴まれ。
嬉しくて、その言葉が嬉しくて顔は見えないけれど声も温もりも確かなもの。
が、ホッとしたのも束の間「ざわっ、まだダメ」
(えっ、何を言っているんだよ?)
ざわざわ、ざわっ、そのざわめきに俺は風が何かをしようとしていることに気づき。
ビュウーッ、そう叫んだのと強く風が吹いたのが
ほぼ同時で。
そして竜巻みたいに荒れ狂う風に、その叫び声は
掻き消され気がついたら俺は綺麗な滝が流れる森
に独りでいたんだ。
すると、何処からともなく声が聞こえて。
(そん…な‥)
悲しみと絶望、罪悪感が重なり俺の心は音を立てて崩れ始める。
そのとき、ふわっと風が優しく身体を包み込み俺はそのまま意識を飛ばして再び目が覚めたときには。
全ての記憶を失っていたんだ。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!