❲そこへ行ったとき俺は大切な何かを忘れていた❳
・北山side
(どうして、こんな事になってしまったのか?)
見渡す限り荒れ果てた地が広がる場所で俺は、ただ茫然と立ち尽くしていた。
(ここは一体どこ?なんでこんな所にいるんで?今まで俺は何をしていたんだよ)
考えても、考えても思い出せない苛立ちにドカッと地面を思いっきり叩いたら。
(誰で?こいつ)
いつの間に来たのか汚らしい格好をした侍みたいな男が自分の傍に立っていて、まるで時代劇にでも出てくる浪人のような。
(俺が?なにを言っているんだか、このオッサン頭がおかしいんじゃね)
(どこかで聞き覚えが…そうだ、歴史に出てくる足利尊氏!?まさか、嘘だろ?)
(そうか、そう呼ばれるようになったのはもっと先の話しって事はやっぱり、えぇーマジか!?やっべ本当にここ室町時代かもしれない)
思いも掛けない現状に、戸惑っていると。
こうして俺は、犬塚番作という浪人の家で世話になる事となる。
(まず、つい口が滑った)
(取り合えず来てしまったものはしょうがない、なんとか帰る方法を見つけないと)
このときの俺はそう思っていた、この先に起こる事など予想だにせず。
その翌日「宏光、できたぞ」オヤジから声が掛かり呼ばれて振り返ると…
わざわざ俺のために縫ってくれたという着物をオヤジは嬉しそうに差し出し。
そんな姿を見ていたら、自分の父親の事がふと脳裏に浮かんだ。
(んふふっ)
そんなことを言ったせいかオヤジは、それから俺を息子のように扱ってくれ。
そして1日1日が過ぎて行き徐々にここでの生活にも慣れて来た、その頃…
それは、とつぜん起こる。
(なんだ今の声は!?)
オヤジの代わりに水を汲みに行った俺は、悲鳴みたいな叫び声を耳にし。
(泉の方だ)
辿り着いたそこに血まみれの男が倒れていて、歳は16・7くらい。
(まだガキじゃん)
その傍らに、ベッタリと血の付いた刀を持った男が不気味な笑みを浮かべ立っていてよ。
怒りに身を任せ、睨みつける
(分かっている武器もない俺がこいつに敵うわけなどないと、でも許せねんだ)
素手で挑み掛かろうとした、そのとき。
(いつの間に?)
悔しかった、ここでの自分はなんの力もないオヤジに頼ってばかりでは誰かを護ることすら出来ないんだって。
(強くなりて、くっ)
そして、負けず嫌いの闘争心に火がつく。
家に帰ったあと、その怒りを俺は壁へとぶつけた。
それから必死で稽古に励む、キーン、カーン!
(舞台でだけど、クスッ)
が、調子に乗っていたことに俺は気づいていなかったんだ、カーン!
殺陣と本物では違うと思っていたけれど以外とあっさり出来ちゃうじゃんって、けどそんな甘い考えはすぐさま見抜かれ。
カーン!
オヤジに、刀を弾き飛ばされてしまい。
瞬時に刃は喉元の手前で止まっていて、これは死と隣り合わせの勝負なんだと思い知らされてしまう。
(すっげぇーマジで、こいつ強い)
キーン、カーン!そして毎日、悪戦苦闘しながらも。
(くっ、ケツいてぇ)
春が来て夏になり秋がやって来る頃にはだいぶ上達し、遠乗りにも出掛けることが出来るようになり。
そんな、ある日のこと。
晴天の青空を見上げ草むらに寝転びながら俺は初めてここへ来たときの事を思い出していた。
(なんか大事なことを忘れている気がする、なんだろう?)
と、そのとき。
(あれ今、なにか空で光った飛行機?まさかぁ~ここ室町時代だぜ飛んでるわけ)
そう思っていると、ピューンストン!
突然、なにかが降って来て思わず咄嗟に受け止め。
その言葉を口にすると妙に愛着を感じる自分がいる、こう胸がキュンとするような。
透明な玉は時折、ピカッと光りを放ち不思議な感じがした。
それが、凄く大切な物のように思え。
俺は懐に入れ家へと持ち帰ることにし、すると。
(それって、結核のこと)
慌てて傍へ寄り、背中を摩ったら。
申し訳なさそうな顔をするオヤジ。
(なにを言っているんだ、たくさん世話になったんだ最後くらい息子らしいことをさせてくれ)
心の中で呟き、微笑みかける。
(男なら恩を忘れちゃならない、そうだろ母さん)
そう思いつつ…
それから冬が来て、また春が来たころにはオヤジの容態は悪化し。
そう指を差された先は天井、俺が見つめる中オヤジは渾身の力を振り絞り小刀をそこへと投げつけ。
ザクッ、ボトン!
落ちて来たのは、刀が入っているらしき包み。
そして、そのまま静かに息を引き取ってしまう。
(知っていたのか?俺がこの時代の人間じゃないって事をあのとき分かっていて、ありがとう絶対に忘れない)
涙が、留めどもなく溢れて止まらなくなる。
俺は、村雨丸を握り締め外へと出た。
あの時と同じ青い空、自分の中で忘れてしまっている一部分の記憶。
それは、きっと物凄く大切なことに違いないんだと何故だかハッキリと分かる
だから必ず見つけ出さなければならない、気持ちを新たに失われた記憶を求め前へと進み始めてく。
この世に来てから初めて独りとなった、しかし自分の旅はまだ始まったばかりだ。
だが、そこには新たな出会いと仲間たちとの再会が待ち受けていたんだ様々な困難と共に。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!