二人と中華街や赤レンガ倉庫などヨコハマの街を歩き、様々なジャンルのお店を見て回る。
最初にこの二人に会った際は、俺やセンバやウランの正体や性別を知らなかったこともあり、俺達に対しても荒れていた左馬刻サマだったが、ひょんなことから性別や正体を知った際に扱いが丸くなった。
それに加え、何故か左馬刻サマは俺達に対しては面倒見が良くなると理鶯さんも銃兎さんも言っていた。
今日は下見だけで何も買わないことに決め、帰る前に一人で散歩する。
なんなら、晩飯はこっちで食うか……なんて考えたりしていると、前から歩いてきた女性二人が「もしかして、詠君?」と男子名で呼んでくる。
俺が悩んでみせると、ファンの二人は何かを思い出したかのように「ほら、詠君にはアレを!」とか「あ、そうだ」とかコソコソ話し始め、カバンからお菓子を取り出した。
ファン二人と写真を撮り、手を振って別れる。もらったお菓子は家で食べる事にした。
俺達Crazy Kirのファンは、個人のファンの層や特徴が違っていたり、変わった決まりがあったりする。今みたいに。
弁えてるけど過激というのは、誰かをアンチするとか、周りに迷惑かけるとかの意味では無い。強いて言うなら、変な人が多い。ストーカーという意味でもないが、良くいえば寛容過ぎて俺のディスりさえもファンサに捉える様な人が多い。
そして、先程の様にプライベートでのファンサに関しては、“食べ物”と交換でお礼として俺がファンサするのが暗黙の了解となっている。また、俺の気分次第でもあるわけだが。
一般的なアイドルなどのファンからすれば、賛否両論の意見が出るかもしれないが、不思議と俺のファンが問題を起こした話は聞いたことが無いし、ファンの中で暗黙の了解となってるせいか、ファン内での揉め事も耳にしたことがない。
ハラジュク・ディビジョンに行くと、ファンの数は一気に増える。
中王区に行く際も、素性を隠しているのでバレないように気を付けている。でも、パトロールしてる際に声を掛けられたりはやはりあるのだ。そして────────
こういう呼び止められ方も増えた。
恨みもない、知らない人と喧嘩する主義は無いし、正直普通に絡まれずシカトしたいが、名や顔を知られてる以上、絡まれてしまう。そういう意味では目立つのは好きではない。あくまで、絡まれてしまうから変に目立ちたくないだけで、絡みがなければ良い意味で目立つのは好きでも嫌いでもない。
俺はラップバトルはともかく、昼間はいないことが多く、ウランやセンバに任せっきりな所がある。そして、二人とは同級生だが、誕生日的にも年齢的にも自然と俺が一番年下になる。つまり、メンバーの中で末っ子。
また、自分の手はなるべく汚さないやり方を好む故に、こういった輩の一部からは“お坊っちゃん”扱いされてるらしい。悪い意味で。
少なくとも、左馬刻サマと銃兎さんに対して言った否定の言葉は本当だ。
俺が本当のこと言っても胡散臭いと言われ、信用されないことが大半だが。さっきみたいに。別に悪ぶってるつもりもなければ、口や足癖は悪いかもしれないが、イカれた犯罪者に憧れてる訳でもない。その犯罪心理に興味はあるが。
ただ、今みたいに変な噂が出たり、腹黒いと言われるせいか、危ないヤツ認識を一部でされてるらしい。
笑顔で相手をするが、無視して歩こうとすれば前の道を塞ぎ、グイグイ近寄って来るので仕方なく後ろへ下がるしかない。でも通行人の邪魔だし、単純にウザい。
めんどくせぇなーなんて思ってると、胸ぐらを掴まれ、「おーいヨミ様聞こえてんのか?答えろよスカし野郎が」と大声を出すもんだから顔を顰める。
なんて思いながらも、別にキレているわけじゃない。無花果の姐さんからむやみやたらに仕事外でラップバトルを行うなと言われてることもあって、あまり大事にはしたくないが、この状況だと────────
何故かヨコハマ・ディビジョンに野良猫ダイスがおり、男二人はダイスを見て「シブヤ・ディビジョンの……」と呟いたが、引く気はないようだ。
ダイスが来たことで、笑顔のまま冷静になる。相変わらず胸ぐらは掴まれたままだが、そんなの関係なく男二人を無視してダイスと話をする。
ダイスがヒプノシスマイクを起動させ、背後にパチンコ台が現れる。それと同時に音楽が流れ始め、男二人は俺の胸ぐらから手を離す。
そう来たか、なんて苦笑いしながらも渋々俺もマイクを起動する。にしても、一時的にとはいえ、まさか他ディビジョンの奴とラップすることになろうとは。
男が二人倒れたとこで、ダイスが二カッと笑いながら片手を出してきたのでハイタッチをする。その後、俺の気分もそれなりに良くなったのでお礼も兼ねて近くのレストランで飯を奢ることにした。
パスタを食べ終わってダイスがフォークを置いた時、「お味はどうでありんしたか?」と女声を出してみる。声が低めな俺からしたら、女声は裏声なんだがな。
会計を済ませたあと、ダイスと別れて家に帰る。今日一日の後半だけで色々あった気がする。でもま、それも悪くない。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。