第6話

第一章 三話 元の世界
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2022/01/18 22:43
───────午後の授業が終了し、帰りのホームルームが終わったあとは闇の鏡がある鏡の間へと向かう。本来ならば、学園長以外は立ち入り禁止の部屋なのだが、俺だけは特別許可されている。
俺の元いた世界には、人の副交感神経・交感神経に干渉し、他者を様々な状態にする“ヒプノシスマイク”というマイクが存在している。武力による争いの代わりに、“言葉”が力を持つようになり、ヒプノシスマイクでラップバトルを行い勝敗を決めるようになった。要するに、ツイステッドワンダーランドで魔法を使って喧嘩や争いをするのに対し、俺のいる世界では“マイク”を通して“言葉”で喧嘩する。
因みに元の世界に帰るための合言葉は“ヒプノシスマイク”。我ながら短絡的だとも思ったが、幸いにもこの世界で“ヒプノシスマイク”を知る者はいない。そして、何より自分が覚えやすい。
詠永 零熾
詠永 零熾
(にしても、まさか今日ユウ君と話す事になるとは。学園長やラギー君から俺について聞いたって言ってたが、何故今更俺の話題が出るんだ)
ナイトレイブンカレッジには問題児が多い。相手するのも面倒事に巻き込まれるのも勘弁なので自分はなるべく目立たないよう大人しくしていた。
自分で言うのもなんだが、この学校の中じゃあ“大人しい優等生”の部類に入るだろう。
問題行動が無い分、先生達からもそれなりに信頼は得ている自覚はある。と言うか、言葉を変えれば単純に扱いやすい生徒として認識されているだろう。それはそれで癪だが。
成績だって赤点回避でギリ平均だ。魔法薬の名前や調合の仕方なんてほぼ化学だし、暗記教科が多くて正直面倒ではある。
詠永 零熾
詠永 零熾
(まぁ、無機質に化学や数学に関する事覚えるより“魔法”ってだけでちょっとした興味が湧くからな。勉強はダルいけど、聞く気にはなるかな〜。うちの世界に魔法なんか無いし)
闇の鏡の前に立ち、合言葉を呟く。
すると、鏡に自宅の部屋が映し出され、靴を脱いでから恐る恐る鏡の中へ入っていく。
最初に鏡の中へ入れた右足がカーペットに触れ、そのまま鏡から抜ける。
これで元の世界の自宅に帰ることが出来た。後ろを振り向けば全身鏡があり、部屋にある全身鏡こそがナイトレイブンカレッジの闇の鏡と繋がっている“出入口”なので、すぐに学園に行けて楽だ。
学園から帰って休みたい所だが、この後は“仕事”。なので制服から仕事用スーツへと着替えを手早く済ませる。スマホが鳴って手に取ると、高校時代からの悪友であり、同じ“チームメンバー”のうちの一人、ウランから電話が来ていた。
詠永 零熾
詠永 零熾
はいはーい
盧守 海藍(ウラン)
盧守 海藍(ウラン)
『おつかれー。学校終わった?』
詠永 零熾
詠永 零熾
終わりましたよ。で、君の方は?
盧守 海藍(ウラン)
盧守 海藍(ウラン)
『今センバの車でそっちに向かってるよー。もうすぐ着くから外で待ってて』
“センバ”もまた、高校時代からの悪友であり、チームメンバーのうちの一人。
ラップバトルをする際にチームを組んだりするのだが、俺達は三人で“Crazy Kir”というチームを組んでいる。
俺達のいる世界……国では領土争いがあり、それもラップバトルで決める。勝った者が各地を牛耳り、その区域を〇〇ディビジョンと呼ぶ。俺達三人はハラジュク・ディビジョン代表だ。
そんな中、今の時代を作り上げた言の葉党党首であり、現総理大臣の東方天乙統女がいるのが“中王区”。
中王区は高い壁で外部と隔たれた女の国。
言わば、この国の中心部と言っても過言ではないだろう。
詠永 零熾
詠永 零熾
了解です。センバに事故って鉄格子の中にぶち込まれとけとお伝え下さい
盧守 海藍(ウラン)
盧守 海藍(ウラン)
『うん、分かったー!センバ、事故って鉄格子の中にぶち込まれとけだってー!』
十字風 染覇(センバ)
十字風 染覇(センバ)
『うるせぇ』
俺からのメンバーへのディスりはもはや挨拶。建物の階段から下に降りて、言われた通り外に出る。うちのマンションはエレベーターはあるが、降りる時は大体階段を使っている。
詠永 零熾
詠永 零熾
(俺も以前より多忙になったな)
念の為、マンションの前ではなくて少し離れた場所で待機していると、センバの車では無い誰かの車が目の前に止まった。
碧棺左馬刻
碧棺左馬刻
よォ。メンバー待ちか?
詠永 零熾
詠永 零熾
あ、さまとっきー様だ
碧棺左馬刻
碧棺左馬刻
テメェ……ほんとその呼び方やめろつってんだろ
車に乗って居たのはヨコハマ・ディビジョン代表、MAD TRIGGER CREWのメンバー。車を運転しているのは警官の入間銃兎さんで、後部座席には元海軍の毒島メイソン理鶯さんが座っている。今話しかけてきた碧棺左馬刻サマは所謂ヤクザの若頭で、過去最強と呼ばれたThe Dirty Dawgの元リーダーにして、現マットリのリーダー。自分はヨコハマ・ディビジョン付近で暮らしている為、こうしてたまに出くわす。そして、他のディビジョンより治安が悪いので、センバがいない時に街中で会った際は彼等が自宅まで送ってくれる時がある。見た目は怖いが結構親切な面もあるのだ。
詠永 零熾
詠永 零熾
(俺が言の葉党の党員で中王区の人間だって知ってんのに、話しかけてくるんだもんなー)
そう。実を言うと、俺達Crazy Kirはハラジュク・ディビジョン代表MCである前に、言の葉党党員。基本的にそれについては他言無用なので、俺達の素性を知って居る者は少ない。
また、中王区は男性を完全排除した区画で、女性による政治が行われている。今の時代は女性社会で、中王区に入れる男性は許可をもらった男性だけ。他のディビジョンにも女性が普通に暮らしてはいるけれど、中王区に入れば、他ディビジョンとは比べ物にならないぐらいの女性率で、先程言ったようにもはや“女の国”だ。
いや……ヒプノシスマイクを世に生み出してH法案を作り出した現内閣総理大臣にして言の葉党の党首、東方天乙統女が居るわけだから、“乙女”の国だろうな。
碧棺左馬刻
碧棺左馬刻
あぁ、そういやぁ……前にテメェがくれた酒美味かったぜ。センバにも伝えとけ。あいつも一緒に選んだんだろ?
詠永 零熾
詠永 零熾
了解です。兎さんも飲んでくれました?
碧棺左馬刻
碧棺左馬刻
ククッ。ほら、聞かれてんぜ兎さんよぉ
入間銃兎
入間銃兎
兎さん言うな。……って、おめぇは何度言わせんだ!つか、笑ってんじゃねぇ左馬刻!
じゅーとさんが軽く咳払いし、「まぁ、美味しかったですよ」と渋々答える。ナイトレイブンカレッジでもじゅーとさんに似たような声を聞いた気がするが、誰だったかな。
詠永 零熾
詠永 零熾
鳥さんは?
毒島メイソン理鶯
毒島メイソン理鶯
む?鳥さんか?鳥さんも飲んだが辛さ控えめで美味だったぞ
碧棺左馬刻
碧棺左馬刻
ん”ん”!りお……ってめぇ……笑うからやめろ
入間銃兎
入間銃兎
っふふ……自分で言うんですね“鳥さん”
詠永 零熾
詠永 零熾
そ、それはよか……ったです。んふふ……!
マットリと話していて最近分かったこと。この人達、敵対者や関わりない部外者に対しては容赦ないしオラッてたり、不敵な笑みしか浮かべないが、笑う時は普通に笑うのだ。イラついてる時は別として。
碧棺左馬刻
碧棺左馬刻
ま、それだけだ。そこら辺の雑魚共に負けてくたばんじゃねぇぞ。中王区の女共はいけすかねぇが、テメェらは“女”じゃなくて“キチガイ”だからな
詠永 零熾
詠永 零熾
あれ?今ディスられてます?
碧棺左馬刻
碧棺左馬刻
突然奇声あげて踊り出したり、走り回る奴をキチガイと呼ばずになんて呼ぶよ
詠永 零熾
詠永 零熾
それはウランの奇行ですよ。キチガイなのは否めませんね。でも、性別キチガイって初めて聞きました。使わせてもらいます
入間銃兎
入間銃兎
使うんですか
碧棺左馬刻
碧棺左馬刻
……合歓のことも頼んだぞ。じゃあな
左馬刻サマがそれだけ言うと、車は走り出し、後からセンバの車が前に止まる。
因みに“合歓”というのは、左馬刻サマの妹。色々あって離れ離れなのだ。
十字風 染覇(センバ)
十字風 染覇(センバ)
よー迎えに来たぞ
盧守 海藍(ウラン)
盧守 海藍(ウラン)
今からパトロールすんぞー!早く乗れクソジジイー!
詠永 零熾
詠永 零熾
うるせぇよ性別キチガイ
早速左馬刻サマからの言葉を使わせてもらい、ウランは「性別キチガイ!?あはは!何それ!」と一人で笑って居た。今日も元気に頭湧かせてんな。
十字風 染覇(センバ)
十字風 染覇(センバ)
じゃ、出発すんぞ
助手席に座り、車が走り出す。眠たさはあるが、さっきまでの疲れも薄れ、学校終わりとは思えない程車内ではしゃぎながら仕事である“パトロール”を今日もこなす。

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