春の夜風は、まだ少し冷たい。
日中の暖かさとは大違いだな、なんて思いながら隣を歩く来栖さんを見上げれば───。
私の視線に気付いた来栖さんが、全然優しくないトーンの「ん?」を発しながら私を見下ろす。
耳で聞いただけでは、語尾に「?」なんてもはや存在しない。ただ単に押し付けられたような「ん」。
私のワガママでコンビニに行った帰り道。
パーカーのフードを深く被って、伊達メガネにマスク着用の私と、いつも通り私服姿の来栖さん。
来栖さんと付き合って、もうすぐ4ヶ月。
これと言って大きな喧嘩もなければ、これと言って大きな進展も……ない。
こうしてたまに、夜道を並んで歩くけれど、未だに手を繋いでもらえたことはないし。
最近じゃ、名前を呼んでくれる回数も減ったような気がするし……。
キスだってまだ1度もない。
嘘でも『そんときは、俺が嫁に貰ってやる』とか言って欲しかった。
付き合ってても、どこか私の片思いみたい。
キスしてくれないのは私に魅力が足りないから!?やっぱり子ども扱いされてる?
……考えるほどに不安になってしまう。
私がエレベーターに乗り込んだのを見て、安心しきった顔で背中を向けた来栖さんに寂しさが募る。
もっと一緒にいたいのは、私だけかな?
***
───2週間後
久しぶりに1日オフをもらえた今日、たまたま休みが重なった来栖さんと、1日一緒に過ごすことになった。
朝から部屋の掃除をして、家デートなのに何を着ようか迷って。……来栖さんに会えると思うと、どうしようもなくソワソワして落ち着かない。
───ピーンポーン
チャイムが鳴り響いて慌ててドアを開ければ、
いつも通り、偉そうな来栖さんの姿。
私は、私服姿の来栖さんにドキドキが止まらないし、会えたことがこんなにも嬉しいのに。
私服姿って、何回見ても慣れない。
未だにふとした時に思い浮かべる来栖さんは、いつも警察官の制服姿だ。
***
───2時間後
お昼ご飯のパスタを食べ終えた私たちは、来栖さんが借りて来てくれたDVDを見ることになった。
久しぶりに会えたら思いっきり甘えようと思っていたのに、いざ会えたら、素直に甘えるなんて私にはとてもじゃないけど難しくて……。
きっと、今日も甘い雰囲気なんてないまま、バイバイの時間が来るんだと諦めていたのに、
DVDをセットしてソファに戻った私の手をすかさず引き寄せた来栖さんが、
そのまま後ろから抱きしめるようにして私を足の間に座らせるもんだから、ドキドキの波に飲まれそうになる。
ギュッと力強く背中越しに感じる体温が、私の思考回路を鈍らせる。
突然の展開に、始まってしまった映画に全く集中できない。
私の首元に顔を埋める来栖さんに、くすぐったさから身をよじるけれど、そんな来栖さんに満たされていく自分もいて。
会えない間、勝手に不安に思ってたこと。
勝手に寂しくなってたこと。
今、それが全部、消えた気がした。
そんなことを思ってくれてたなんて、嬉しい。なのにやっぱり、私は可愛くない言い方しかできなくて。
私の答えに、クスッと笑う来栖さん。
それすら耳元でくすぐったくて、だけど離してはもらえなくて。
そのまま、チュッとリップ音を鳴らしておでこに落とされたキスにドキッと心臓が大きく脈を打つ。続いて首筋に落とされたキスが、少しずつ下に降りてきて……
ギュッと一層強く抱きしめられて、苦しいのに、幸せで。
いつもより2倍も、3倍も甘ったるい来栖さんに、ドキドキして苦しくて、幸せでフワフワする。
来栖さんが、好きで好きでたまらない。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。