───ついに、ドラマの仕事が本格的になろうとしていた、ある日。
手元には1話の台本。
パラパラ、とめくってみれば当たり前だけど、脇役の時とは比べ物にならないセリフ量。
これ……全部、覚えなくちゃいけないんだよね。
それに、ただ覚えて読むだけじゃダメで、加えて演技もしなくちゃいけない。
あぁ、そう思うと女優さんって本当にすごいな。
今日の撮影も、残すところあと少し。
出番待ちをしながら、控え室で台本を片手にかおるちゃんへと視線を向ければ、
肝心なかおるちゃんは、ボーッと遠くを見つめていて、私の声は届いていないらしい。
ココ最近、そんなことが多々あった。
……何か悩んでる?
それなら、私に少しくらい話してくれたらいいのに。私じゃ頼りない?心配かけたくない?それとも、人に頼ることをかっこ悪いと思ってる?
……かおるちゃんなら全部有り得そうだ。
わざと拗ねて見せれば、かおるちゃんは慌てて両手を合わせた。
おかしい。
大人の女、小林かおるが……
私の話を聞いてないとか、ボーッとしてるとか、心ここに在らずって感じなのは、どうもおかしい。
顔を見合わせてニヤリと笑い合う。
カフェなんて【倉木 栞那】としての知名度が上がれば上がるほど、簡単には入れなくなったけど。
かおるちゃんの一大事かもしれないし、今日くらい……いいよね?
***
───1時間後。
思ったより早く仕事が終わった私とかおるちゃんは、かおるちゃんオススメの隠れ家的カフェにやって来た。
オシャレなパーテーションで仕切られた空間は、ほぼ個室みたいで、メニューもオシャレなものばかり。
……さすが、かおるちゃん!
ちょっと頬を膨らませて拗ねてる私に、向かい側のかおるちゃんがプッと吹き出した。
……あぁ、お子ちゃまな自分が恥ずかしい。
かおるちゃんは、そこまで言って私を見つめる。
言いたいことは嫌ってほど分かるのに、今は何も分かりたくないと思った。
だって、地元に戻るってことは……私のマネージャーじゃなくなるってことでしょ?かおるちゃん以外なんて、そんなの絶対嫌だもん。
切なげに揺れたかおるちゃんの瞳。
……やっぱり、かおるちゃん大野さんのこと好きなんだ。
なんだかんだ、未だに連絡を取り合っている大野さんとかおるちゃん。2人は、いつか自然と”そういう関係”になるんだとばかり思っていたけど。
諦めきっているかおるちゃんの目は、見ている私の心まで冷やしていく。
大野さんと、結ばれて欲しい。
私は、どうしてもそう願わずにはいられない。
本当は『辞めないで』と泣いてすがりたい。
だけど、かおるちゃんの幸せを誰より願ってる。かおるちゃんの幸せのためなら、かおるちゃんが例えどんな答えを出しても……背中を押すからね。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!