今日は屋外での撮影があって、もし雨が降らなければ遅くても夕方には終わる予定。
昨日の夜、来栖さんに『明日の夜、会いたいな』と伝えたら『明日は残業しないで仕事終わりにそのまま会いに行く』と言ってくれた。
かおるちゃんと駅で待ち合わせて、タクシーで一緒に現場へと向かっている今、私からはどうやら幸せオーラとやらがだだ漏れているらしい。
きっと、大野さんだってかおるちゃんに会いたがってるに決まってる。
それに、もしかしたらお互いの気持ちを確かめ合うチャンスにもなるかもしれない。
そしたら……かおるちゃんのお見合い話はなくなって、ずーっと私と一緒に、
かおるちゃんの言葉に、一瞬で青ざめていく顔。
かおるちゃんがいなくなるかもしれない……その事に、心底心細さを感じて、頑張れそうにない。
いつもいつも『まだ決まったわけじゃない』とはぐらかすかおるちゃん。
それはもしかしたら、どこかで私に対して遠慮があるからなのかもしれない。
わざとらしく頬を膨らませれば、クスッと笑ったかおるちゃんが私を見つめる。
私の言葉にかおるちゃんは耐えられないとばかりに笑い出すから、つられて私も笑ってしまった。
***
───夕方。
今日1日、来栖さんに会えることを楽しみに仕事をやりきった私に、来栖さんから1本の電話。
来栖さんの言葉に、呼吸の仕方を忘れた。
酸素を求める体とは裏腹に私の脳は酸素を取り込む指令をださない。
来栖さんの言葉に電話越しに首を振る。
だって私は、そんな言葉が欲しかったんじゃない。
不安を拭えないまま過ごしていた私にとって、今の来栖さんの言葉はトドメみたいな気さえした。
ついこの間までは”新米女”と呼んでいたのに、今日は”中野”だって。そのうち下の名前で呼び出したりして……なんて、嫌味なことを思ってしまう自分が嫌になる。
安心したかったんだと思う。
きっと、珍しく駄々をこねて、私が来栖さんからもらいたかったのは”安心して来栖さんを待っていられる言葉”。
……来栖さんは、何も分かってない。
さっきまであんなに楽しみだったのが嘘みたいに、今は涙が堪えきれなくて。
私の言葉にホッとした様子の来栖さん。
切れた電話の向こうからツーツーと虚しい機械音が響いている。
堪えきれずにポロポロとこぼれ落ちる涙は、来栖さんには届かない。
来栖さんが私の仕事を理解して応援してくれているように、私だって来栖さんの仕事を理解して支えたい。
その気持ちに嘘はないのに……。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!