第12話

張り込みお泊まり
6,249
2020/09/08 04:00
今日は屋外での撮影があって、もし雨が降らなければ遅くても夕方には終わる予定。

昨日の夜、来栖さんに『明日の夜、会いたいな』と伝えたら『明日は残業しないで仕事終わりにそのまま会いに行く』と言ってくれた。
小林 かおる
小林 かおる
なんか、今日はかなりご機嫌?
栞那
栞那
ふふ、分かる?
小林 かおる
小林 かおる
なんか、幸せオーラが
隠しきれてないんですけど
栞那
栞那
今日、会えるんだ〜!
かおるちゃんと駅で待ち合わせて、タクシーで一緒に現場へと向かっている今、私からはどうやら幸せオーラとやらがだだ漏れているらしい。
小林 かおる
小林 かおる
やっぱりね〜。
そうじゃないかと思った
小林 かおる
小林 かおる
あーあ、羨ましい〜
私なんて仕事終わりに予定もなく
家に帰って1人で晩酌よ?
栞那
栞那
大野さん!
誘ったらいいじゃん!
きっと、大野さんだってかおるちゃんに会いたがってるに決まってる。

それに、もしかしたらお互いの気持ちを確かめ合うチャンスにもなるかもしれない。

そしたら……かおるちゃんのお見合い話はなくなって、ずーっと私と一緒に、
小林 かおる
小林 かおる
昨日、お見合い写真が届いてね
栞那
栞那
……え?
栞那
栞那
もう、お見合いすることに
決めちゃったの!?
かおるちゃんの言葉に、一瞬で青ざめていく顔。
かおるちゃんがいなくなるかもしれない……その事に、心底心細さを感じて、頑張れそうにない。
小林 かおる
小林 かおる
写真だけでも!
って言われて断れなくてさ〜
小林 かおる
小林 かおる
迷ってるけど、
両親のためを思うとやっぱり
お見合い受けようかな、って
栞那
栞那
……かおるちゃん
小林 かおる
小林 かおる
写真で見た感じは、
どちらかと言えば
優しくて真面目そうな方だった
小林 かおる
小林 かおる
……とはいえ。
簡単に決心もつかないし。
まだ決まったわけじゃないわよ?
いつもいつも『まだ決まったわけじゃない』とはぐらかすかおるちゃん。

それはもしかしたら、どこかで私に対して遠慮があるからなのかもしれない。
栞那
栞那
……私、かおるちゃんと
一緒にいられなくなるのは寂しいし
考えただけで心細い
栞那
栞那
だけど、かおるちゃんの幸せを
きっと、誰より願ってるのも
私だってこと忘れないでよね?
小林 かおる
小林 かおる
……栞那
栞那
栞那
私の傍を離れて結婚するからには
絶対、幸せになってくれないと
わざとらしく頬を膨らませれば、クスッと笑ったかおるちゃんが私を見つめる。
小林 かおる
小林 かおる
肝に銘じておきます
栞那
栞那
よろしい
私の言葉にかおるちゃんは耐えられないとばかりに笑い出すから、つられて私も笑ってしまった。
***

───夕方。

今日1日、来栖さんに会えることを楽しみに仕事をやりきった私に、来栖さんから1本の電話。
来栖
来栖
悪い……
栞那
栞那
え?どうしたの?
来栖
来栖
今日これから、中野と
張り込みすることになった
栞那
栞那
中野?
来栖
来栖
あぁ、例の新米女だ
栞那
栞那
……っ、
来栖さんの言葉に、呼吸の仕方を忘れた。
酸素を求める体とは裏腹に私の脳は酸素を取り込む指令をださない。
来栖
来栖
今日のことはあとで
絶対埋め合わせするから
来栖さんの言葉に電話越しに首を振る。
だって私は、そんな言葉が欲しかったんじゃない。
栞那
栞那
……やだ
来栖
来栖
……栞那?
不安を拭えないまま過ごしていた私にとって、今の来栖さんの言葉はトドメみたいな気さえした。

ついこの間までは”新米女”と呼んでいたのに、今日は”中野”だって。そのうち下の名前で呼び出したりして……なんて、嫌味なことを思ってしまう自分が嫌になる。
栞那
栞那
……やだ!
栞那
栞那
だって、女の人と朝まで
ふたりっきりってことでしょ?
来栖
来栖
……あのな。
張り込みだぞ?
栞那
栞那
分かってるけど
来栖
来栖
分かってるなら理解してくれ。
これが俺の仕事だ
栞那
栞那
……っ、
安心したかったんだと思う。

きっと、珍しく駄々をこねて、私が来栖さんからもらいたかったのは”安心して来栖さんを待っていられる言葉”。

……来栖さんは、何も分かってない。

さっきまであんなに楽しみだったのが嘘みたいに、今は涙が堪えきれなくて。
栞那
栞那
……っ、
がんばってきてね
来栖
来栖
……あぁ。
じゃあ、また連絡する
私の言葉にホッとした様子の来栖さん。
切れた電話の向こうからツーツーと虚しい機械音が響いている。
堪えきれずにポロポロとこぼれ落ちる涙は、来栖さんには届かない。

来栖さんが私の仕事を理解して応援してくれているように、私だって来栖さんの仕事を理解して支えたい。

その気持ちに嘘はないのに……。
栞那
栞那
来栖さんの……バカッ

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