1話の撮影は順調に進み、残りわずかとなった今。
早くも2話の台本をもらい、帰宅後に部屋でパラパラとめくっていた私は、とんでもない事実に頭を抱えた。
と、言うのも。
1話では、ラストのふたりが出逢うシーンまで一切絡みのなかった池松煌と、2話ではいきなりキスシーンがあるのだ。
2話で、もうキスシーン!?
これって普通なの?
主役は初めて、もちろんキスシーンも初めて。
どんな気持ちで迎えればいいのか、戸惑ってしまう。
それに、やっぱり……
来栖さんへ報告しなければと思うとズッシリ気が重くなる。
……なんて言うかな?
演技とは言え、キスシーンだし。
まだ、来栖さんとキスしてないのに……。
……大いにあり得る。
嘘、待って?想像できすぎる!!
はぁ。
勝手に想像して落ち込むなっていう来栖さんの声が聞こえた気がしたけれど、今から想像が現実になるのだと思うとなんとも悲しい。
スマホのディスプレイには22:18と表示されている。試しにかけてみて、ダメなら明日にしよう。
そう思った私は、少し躊躇いがちに発信ボタンをタッチした。
───プルルル、
たった1回のコールの後、聞こえた来栖さんの声は、まだ仕事モード。
それを聞いて一瞬で「あ、まだ仕事中なんだ」って理解した。
思いのほか優しい声に、私の緊張が少し解けていく。
なるべく手短に伝えようと頭の中ではあれこれ考えるのに、どう伝えるべきなのかまとまらない。
……あれ?
やっぱり、来栖さん。
あんまりダメージ受けてない?
と言うより、私の仕事に本当に理解があるって言うか……寛大すぎる。
耳元で聞こえた大きな大きなため息に、電話越しだって言うのに肩がビクッと跳ねる。
……あぁ、これは仕事中にくだらないことで電話かけてきやがってって怒られる!?
キスシーンなんて勝手にやってろ!とか言われる?
あれ……?
来栖さん、怒ってる。
いや、怒ってるのはため息をつかれた時から分かってたんだけど。
なんだろう。来栖さんの怒りの矛先はもしかしたら『くだらない電話』に対してじゃなくて『キスシーン』に対してだったり……する?
不機嫌そうに放たれた来栖さんの言葉に、キュッと締め付けられる胸。
……来栖さんは、平気だと思ってた。
ドラマの撮影なら尚更、割り切れる人だと勝手に思い込んでいた。
だけど、
後ろの方から大野さんの声が聞こえて、来栖さんが小さく返事をする。
「ん」と短く返事をした来栖さんとの電話が切れても、私のニヤニヤは止まらない。
だって、嬉しいんだもん。
……来栖さんも、私のことちゃんと好きなんだって思えたから。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。