第2話

衝撃の告白
62
2019/02/13 12:54
「颯人のこと、好きなんでしょ」


 まばたきさえ忘れるって、こういう事かと実感した。


「へ?」


 って情けない声を出して、しばらく固まってしまった私を、ナッちゃんは「ふふふ」って顔で見つめている。


 放課後、いつものように一人の部室で、私はパソコンに向かっていた。月に一度発行している図書室に掲示される図書新聞の編集を、我が文芸部が担当している。


「大丈夫! 花澤さんならきっとできる!」


 そう先輩におだてあげられて、二年生に進級してすぐに私は編集長&部長の座を譲り渡された。「スピード出世だよ! おめでとう!」なんて口を揃えて言う先輩がたに「その口の上手さを文章にも生かしたのなら、もっと早く原稿を仕上げられるのでは?」なんて思ったけれど口にはしなかった。


 紙面の構成を考えて、部員それぞれに記事を割り当て、全部をまとめていく作業はなかなかに忙しい。でも、先週末に最新号を無事に発行できたので、今日はまだ少しのんびりできるから、読書などしながら「次の特集は何にしようかな」なんて考えていた。
 私が使っている学習室のパソコンは、窓際に置かれた長テーブルに置かれていて、顔を上げれば体育館の屋上コートが視界に入ってくる。
 今日の降水確率は何パーセントだったろう。
 お昼頃までは顔を見せていた太陽は、厚い雲に隠れ、灰色の空が墨汁をこぼしたみたいに暗く陰っていく。
 月曜日の今日は、女子バスの練習が行われるはずだけど、まだ屋上にその姿はない。
(男バスの練習まで、雨が降りませんように)
 低く曇った空に、願いをかけたその時


「へー、ココからだとこんな風に見えるんだぁ」
「えっ!? ……あれ? ナッちゃん?!」


 背後にいきなり、屋上コートに現れるはずのナッちゃんが立っていた。


「ごめんねー、勝手に入ってきちゃった」
「べ、別に大丈夫だけど。ほかに部員いないから。でもナッちゃん、部活は?」
「顧問が出張でお休み。だからね、ホラ」


 ナッちゃんは、窓の外へ視線を向ける。
 屋上コートに、見慣れた青いTシャツが現れた。横倉くんだ。


「今日は男バスが、屋上貸し切り」
「へ、へぇー、そうなんだ」


 ドキドキがバレないように、何気なさを装う。なのに、


「だから、たっぷり見ていられるよ」
「え?」


 誰にも言わずに秘密にしていた私の宝箱を、ナッちゃんは、こじ開けようとしてきた。


「好きなんでしょ? 颯人のこと」


 ズバリと突きつけられたナッちゃんの言葉に、秘密の箱にしまっておいた大切な気持ちをあっさり取り出されて、私は固まったまま、うなずくことも首を横に振ることもできなかった。


「ハナがいつも屋上コートを見ているの、前から気づいていたんだ。この教室からだと角度的に見えづらいかもしれないけれど、この窓ね、体育館の窓からもよく見えるんだよ」


 遠くから、笛の音と掛け合う声が聞こえてくる。


「パスパスパス! 」


 あの声は横倉くんの声だ。


「だから気づいちゃったの。いつもここでパソコンに向かっているハナが、手を止めて窓から外を見ている時は、男バスが屋上で練習している時だってこと。それとねね、男バスと女バスの合同練習の時に、あたし見ちゃったんだ。颯人がフリースローになった時に、ハナが手を組んで祈っているとこ」


 そんな前から気づかれていたのかって、クラクラした。
 あれは去年の夏、高一の夏休み。私は自主的に登校して文芸部に顔を出していた。自宅のパソコンは通販好きのお母さんと共有で、もし原稿を見られてしまったら恥ずかしいからだとか、部室のとなりの図書室で本を借りたいからだとかが表向きな理由だけれど、「バスケ部の練習をしている、横倉くんを見たいから」も、重要すぎる理由だった。
 セミの大合唱が鳴り響き、太陽がすべてを激しく照りつけていたあの日、練習が終わったあともひとり、横倉くんはシュートの練習をしていた。


「あーっ、クソっ!」
「なんでだよっ!」


 失敗が続くと、声を荒らげて悔しそうに髪をかきむしって、それでもボールを投げ続けていた。
 それまで楽しそうにバスケをする横倉くんしか見たことがなかった私は、横倉くんの前にそびえる壁を見てしまったようで、胸が痛くなった。


「10!」


 フォームを変えながら、シュートを続けていくうちに、連続してゴールに入る数が増えていく。


「30!!」


 ゴールの数をカウントする、横倉くんの声のボリュームもあがっていく。


「100 ───────っっ!!」


 セミの声もかき消すぐらいの大きな声でその数が告げられて、横倉くんがコートに大の字で倒れ込んだのを見て、私も「やったー!」と叫びだしたくなる衝動を抑え、目の前のパソコンに「やったー!やったー!やったー!」と何度も何度も打ち込んでしまったあの日。


 その数日後に、雨上がりの屋上コートで行われていた練習試合。笛が鳴り、横倉くんが緊張した足取りでゴールに向かい、ボールを持って構えた姿を見て気がついた。あれは、練習していたシュートだ。


(入りますように入りますように。あれだけ練習したんだもん大丈夫。絶対大丈夫)


 ボールが、空に出ていた虹のように半円を描いてゴールに吸い込まれたのは、私の祈りのおかげじゃない。横倉くんの努力の証《あかし》だった。


 あの時の様子を、ナッちゃんは見ていたのか。心の中でお祈りしていたつもりだったのに、無意識のうちに手を組んでいたのか。そしてあのシュートは『フリースロー』と呼ぶのか。
 様々な情報を、脳が消化するのに一生懸命フル回転しているような気がする。


「それと同じクラスになってから、ハナ、時どき颯人のこと『ほの字』の顔して見てたし」


 更に消化不能になりそうな発言が。
 『ほの字』? 『惚れた腫れた』の『ほの字』? 私は一体どんな顔をして、あの教室に座っていたというの?


「ハナってね、夢中になると口の形が『ほ』って言う時の口になるの知ってた? たまに、教室で本読んでいる時もその顔になってるんだよ」


 『その顔』か……。子供の頃からよくお母さんに言われた。「お口がひょっとこさんになっているよ」って。何かに入りこんでしまうと、口が開いて『ほぉぉ』の顔に知らず知らずのうちになってしまうのだ。


「ハナの気持ちわかるよ」


 そう言ったナッちゃんが、以前から私の気持ちに気づいていた事よりも、その後に続いた彼女の告白の方が数段衝撃的だった。


「あたしも、颯人の事が好きだから」

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