第4話

一通の手紙
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2019/02/13 13:01
 お風呂の時間が好きだ。
 自宅の中で、ひとりきりになれるたったひとつの空間だから。
 私の部屋は、小学生の妹といっしょ。中学に上がった時にお父さんが、部屋の真ん中に仕切りのカーテンをつけてくれたけれど、妹は声もかけずに開けてくるし、友達まで連れ込んでにぎやかに遊んだりするので、ゆっくり物思いにふけるひまもない。
 なので、ひとりでお風呂につかっている時間だけが、大切な私の『空想タイム』なのだ。
 このお風呂場での『空想タイム』と同じくらい、大切な時間だった部活での一人の時間。それを黒船に乗ったペリーのように突然押し入ってきたナッちゃんの提案を、もう一度ゆっくりと湯船の中で思い出してみる。


「いつからだっけな。颯人のこと『イイな』って思いはじめたの。アイツ見てるとさ、元気もらえるよね。がんばり屋だし、明るくてパワー全開だし。たぶん、ずっと尊敬はしていたんだと思う。だからハナの気持ちに気づいちゃった時も、『やっぱりな』って思ったの。男バスのキャプテンにもなったし、きっともっともっと女子から人気が出るんだろうなって。心臓がバクバクしたの。『颯人のこと、取られたくない』って思っちゃったの。おかしいでしょ? 颯人は最初っから、あたしのモノなんかじゃないのに」


 おかしくなんかなかった。泣きたいほど気持ちがわかった。


「もうすぐ、あたしも颯人もキャプテンになってはじめての大会があるんだ。だからその前に、颯人に気持ちを伝えて、ハッキリしたいって思ったの。一緒に手を取り合ってはげましあって優勝を目指せるのか、それともそれぞれのコートでそれぞれにキャプテンとして頑張るのかを。だから、一緒に告白しようハナ。早い者勝ちとかはナシで。一緒に」


 ナッちゃん。
 二年生のクラス替えで、仲良しだった子と一緒になれず、新しいクラスで一人でいた私に、一番に話し掛けてくれたのがナッちゃんだった。


「花澤さんも『なつみ』って言うんだ」
「……うん、そう」
「なんて呼ばれてるの? やっぱり『なつみ』?」
「……ううん、前のクラスでは『花子さん』とか『花子』って」


 入学時、おかっぱ頭だった私はあっさり、トイレに住むという彼女の名前をあだ名付けられた。それから『脱・花子さん』をめざして、髪を伸ばしいるのに、一度つけられたあだ名は変わることがなかった。


「そうなんだ。じゃあ『ハナ』って呼んでもいい?」
「ハナ?」
「ハワイの言葉でね『オハナ』って言葉があるの。家族とか仲間って意味の」
「オハナ?」
「そう。私とハナは今日から友だちだから、オハナ。オハナなハナ。どう?」


 クリクリした目をしながら、そう言って話し掛けてくれたナッちゃんを思い出す。
 自分の意見を、いつもしっかりはっきり言えるナッちゃん。「早い者勝ちとかイヤだから、一緒に告白しよう」だなんて、ライバルの私に正直に言えちゃうナッちゃん。正義感にあふれ、明るくて優しくて、そう、横倉くんとナッちゃんは似ている。クラスの中心にいる二人。お似合いの二人。
 一緒に告白なんてしたって、私なんかムリに決まってる。だったら、辛い思いや恥ずかしい思いなんかしたくない。
 NOと言おう。あきらめよう。そう決めた時に、ナッちゃんは言った。


「手紙を書くの。一通だけ」


 ◇ ◇ ◇ ◇


 次の日の朝、いつもより早く学校についた私は、部室でパソコンに向かった。ナッちゃんと約束した『手紙』を書くために。
 ナッちゃんは言った。


「颯人に手紙を書くの。差出人は『なつみ』ってだけ書いて」


 『なつみ』。それは私たちの名前。夏の海のナッちゃんと、菜の花をつむ私。


 ─ ずっと前から好きでした。放課後、部室で待っています。返事を聞かせてください。 なつみ


 これが、二人で相談した手紙の内容。


「手紙を読んで、颯人がどっちの『なつみ』だと思うか、選ばれた方が返事をもらうの」


 それがナッちゃんのアイディアだった。


「どっちかがOKもらえるかもしれないし、どっちもダメかもしれない。でもこれでお互いに、うらみっこなし」


 この方法で告白をしても、ナッちゃんより私の方が不利なのは百も承知だった。だって横倉くんが私の下の名前を知っている確率は、チビの妹の背よりも低いし。


「ど直球に告白して振られるよりは、この方がダメージ少ない気がしてさ。ほら、あまりにショックが大きいと女バスのキャプテンとして士気が下がっちゃってもいけないでしょ?」


 そうナッちゃんは言ったけれど、本当はナッちゃんは私を気づかってくれたんだと思う。私の想いを知っていたからこそ、同じスタートラインに立たせてくれたんだと思う。
 だから、このアイディアに賛成した。
 文面は二人で決めて、肝心の手紙は


「それはもちろん、文芸部の部長さんにお願いするよ」


と頼まれて、私が用意することになった。
 ─ 恋文・付け文・ラブレター。
 男の子に告白するのも初めてなら、こんな手紙を書くのも初めてで、書く内容はもう決まっているはずなのに、指が震えて心臓の音が鼓膜にまでトクトクと響いてきた。
 そこへ────
 ダン ダン ダン ダン
 聞きなれたリズムが耳に届いて、顔を上げた。
 体育館の屋上コートに、制服姿でボールをつく人の姿が見える。逆光で顔が影になっているけれど、私にはわかる。
 あれは横倉くんだ。
 昨日の雨のなごりの水たまりを気にもせず、パシャパシャと水しぶきをあげながらドリブルで進み、高く跳んでシュートを決める。
 何度も何度も、この窓から見ていた景色。
 横倉くん。今から私は、あなたを想って手紙を書きます。私とナッちゃんの、二人分の想いを込めて。
 横倉くんが三度目のシュートを決めたあと、私は、数十メートル先にいる横倉くんの息づかいを感じながら、キーボードに指先を置き覚悟を決めた。


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