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第6話

虹の向こうに
70
2019/02/13 13:42
 思いきり泣いて、お互いのぐちゃぐちゃな顔に笑いあって、部活に行くナッちゃんを見送ったあと、私は学習室の隣りの図書室へと向かった。
 人気のない書棚を周り、図書新聞の『今月のおススメ』コーナーに選んでいた本を手に取っていく。


(……あ、あった)


 巻末の貸出カードには、どの本にも私の名前のあとに横倉くんの名前が書かれていた。


 花澤菜摘
 横倉颯人


 青春小説、ミステリー、長編ファンタジーに、海外文芸。「守備範囲広いなぁ」などと顧問の先生に笑われた、ジャンルごちゃ混ぜの記事にした本のすべてに、四文字ずつの二人の名前がきっちり並んでいた。ちょっと右上がりで、罫線の間に溢れんばかりに書かれた大きな四文字が、横倉くんらしかった。


「手紙、パソコンで書いたんだね」


 ナッちゃんの言葉を思い出す。横倉くんが教室で手紙を開いたところを、ナッちゃんは目撃したらしい。


「なんで手書きで書かなかったの? 筆跡が分かれば、すぐにハナからだって気づいてもらえたのに」


 だってまさか、横倉くんが私の書く字を知っていたなんて思わなかったから。それに知っていたとしても、それで書くのはフェアじゃないと思ったから。


「でも手書きじゃないのに、颯人はハナからの手紙だって信じて疑わなかったんだもんなぁ。結局最初っから、あたしなんかの出る幕なし、だったんだよね」


 最後には、ナッちゃんはそう言って笑ってくれた。
 私は一冊の本を探し出して、貸し出しカードに記入した。このカードには、まだ横倉くんの名前はない。


「颯人のこと、いっぱいいっぱい応援してやって。アイツ、単純だからさ。好きなコから応援されたら、めちゃくちゃ張り切るから。男バスが強くなれば、女子も気合いが入るしさ」


 ナッちゃんと、約束したんだ。
 応援するよ、ナッちゃん。横倉くんだけじゃなくて、ナッちゃんも。
 図書室から借りて来た本は『誰にでもわかる!バスケットボール基本ルールブック』。
 部室に戻り、ページをめくって読み進めていると、


  ──── ピィィィ─────


 高らかな笛の音が、窓の向こうから響き渡った。


(……あ)


 紅白戦が終わったのだろうか、雨のあがった屋上コートにいたのはバスケ部の男子たちだった。水切りの掃除道具を持ち出し、コートに溜まった雨水をかき出している。その中にもちろん、横倉くんもいた。
 笛の音で水切りを終えた男子たちは二手に分かれると、並んで次々にシュートの練習をしていく。コートに描かれた半円のあのラインからのシュートは、フリースローだ。さっそく本で仕入れた知識をなぞりながら、私は練習風景を眺めていた。


(入りますように。入りますように)


 横倉くんの順番がきて、私はいつかの日のように手を合わせて祈った。
 ───と、横倉くんが腰を落とした瞬間、視線が合った。


(──── え? こっち見てる? ダメだよ。よそ見したら)


 それでも横倉くんは、こちらに視線を投げたままニッコリ笑うと、ゴールには目を向けずにそのままボールを空に放った。


(─── あ ……)


 ボールはあのときと同じように、大きく弧を描いてゴールのリングの輪の中へ落ちていった。


(あ、あれは……ノールック!?)


「イェース!!決まったーーっっ!!」


 神業的なゴールを決めた横倉くんが、ジャンプして喜んでいる。窓から身を出してゴールの瞬間を見入っていた私は、思わず


「ナイスシュート!!」


と、声を出さずにはいられなかった。


 横倉くんが、大きく手を振ってくる。
 私も大きく振り返す。


 昨日の放課後からわずか一日で私の周りに起きた出来事は、まるで図書室に並んだ山ほどの本の中に書かれた物語のように、驚きや喜びやたくさんの感情が目まぐるしくあふれかえっていた。


 これから続く私たちのストーリーには、どんな未来が描かれていくのだろうか。


 夕陽に色づきだした空に、虹が出ていた。
 横倉くんのいる屋上と、私のいるこの窓辺を繋ぐ架け橋のように、虹が出ていた。


 ── 帰り道、何から話そうか?
 待ちきれないこの想いを、
 虹よどうか、
 彼に届けて ───

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