ここは、柴田生物学研究所。
世界の生物学会ではかなり名の知れている研究所である。
「よっ、と。」
ここの所長、初老の科学者の柴田悟(しばた さとる)は所長室で悠長にパターゴルフをしている。そしてその様子を、彼の秘書である縄嶋優基子(なわしま ゆきこ)が興味無さそうに見ていた。
「縄嶋くん、予定の時間は?」
「あと1分と24秒後でございます。」
「おかしいね…。5分前行動が常の彼なら、もう居るはずなんだが…。」
所長室に来るはずである客を待つ2人。そこにようやくノックの音が飛び込む。
「所長、おそらく来たかと。」
「よーし。入りたまえ。」
柴田の呼び掛けで呼ばれていたその男…中年研究員の広瀬が入る。
「失礼します。」
「おお来てくれたか広瀬くん。」
柴田は広瀬の顔を見ると口角を上げて握手を求める。広瀬も渋々とその握手に応じた。そして数秒の握手の後、広瀬から握手を解きその直後に柴田は口を開く。
「で…広瀬くん、例の男について、何かわかったことはあるかな…?」
「ええ、居住地等突き止め、今岩沢が彼に接触を計っています。」
「ああ、もう行かせてるのか。ならOKだ。また何かあったら連絡してくれ。」
「はい。」
「よし、じゃあ次の用件なんだが…。」
「あの。」
広瀬が柴田の言葉を遮る。
「ん?」
「何故…私をまだ働かせてくれるのでしょうか?7年前の騒動の時も、私は辞めるつもりでいたのに、柴田さんは…。」
広瀬の疑問を受けた直後、柴田は左手で髪を少しかく。そして再び口を開いた。
「なんだそんな事か。それはね、広瀬くん。君が必要な人材だからだよ。」
「しかし、私はこの研究所に損害を与えかねないことを…。」
広瀬はばつが悪そうに話す。それを見て柴田は特に機嫌がいいわけでも悪いわけでもなさそうな表情でドアの近くの本棚まで歩き、とある資料を取りだした。そして資料をパラパラと捲ってから広瀬に見せつけ、ある事を語り出した。
「広瀬くん、SCPと言うのを聞いたことがあるか?」
「まあ、少しばかり…。」
「多くの者はSCPを引き合いに出してこういうんだ。"E$CAは実在するKeterである"と。君もそう思う、だから責任を感じるわけだ。」
「はぁ…。」
「しかしね、私はそうは思わない。私は彼らに与えるのはあって"Euclid"、いやもしかしたら"Safe"になるとも思っているのだよ。」
「何故…。」
話しながら徐々に自分の方に歩み寄ってくる柴田から目を逸らす広瀬。柴田はしつこく広瀬の目の前に顔をやりながら話しているが、明らかに広瀬は迷惑そうだ。秘書の縄嶋はその様子を固い表情を変えないまま見ていた。
「だから広瀬くん、君は僕にとってすれば必要な存在たりうるんだ。今はこの言葉の意味がわからなくてもいい、時期にでも、なんなら私が退陣したり、消えた後でも構わないさ。」
「な、なるほど…。」
それだけ話し終わると柴田の方が広瀬から遠ざかり、再び資料をしまった。そして再び広瀬の方を向き、話し始める。
「ああ、そうだ。一番大事な用件なんだが…。」
「はい。」
「とある村の近辺で、E$CAの目撃情報が相次いでいるんだ。調べるとそこは昔からかなり辺鄙なところだったんだが最近さらにおかしさに磨きがかかっている。調査に行ってくれるな?」
「…わかりました。」
広瀬は少し戸惑ったように返事をした。
「じゃあ、頼むぞ。」
「はい。では失礼します。」
部屋から出ていく広瀬をドアが閉まるまで見届けて、柴田は再び椅子に座る。そして…
「縄嶋くん。」
「はい。何でしょうか、所長。」
柴田は秘書の縄嶋を呼び、縄嶋がそれに答える。
「7年前からのE$CAによる事件や、その可能性が高い事件の数を教えてくれ。」
「これまでE$CAの仕業と思われる事件が、確定で55件、可能性75〜99%が133件、10〜74%が1311件となってます。」
「そうか、ありがとう。」
広瀬は自分の机にある急須を使い、湯呑みにお茶を入れるとそれを一口飲んで、呼吸を整えた。
「…なるほど、だいぶ浸透してきてるな。」
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。