「おい。」
「私ですか?」
俺の呼び掛けで、そいつは振り向く。
「お前の正体は分かってる。こっちに来い。」
事の発端は、今日の夕方まで遡る。
俺はスーパーに晩飯を買いに行っていた。キッチン付きのホテルやネットカフェなんか滅多にある訳がないので、お湯さえあれば作れるインスタントのラーメンを手に取る。
「…やっぱり違うな。」
取ってしばらくしてラーメンの気分ではないと思いとどまる。そして近くに置いてあった冷凍のパスタを手に取ったはいい…が
「ラーメン…どこだったかなぁ…。」
なんせ柴田の連中に目をつけられてから半ば旅暮らしのようなものだ、初めて降り立った地のスーパーマーケットの間取りなんてそんな簡単にはわからない。
ただ、今思えばそれを含めて宿命のようなものだったのかもな。
「お戻ししましょうか?」
俺に声をかけてきたのはスーパーの店員。首からかかった名札には『店長』と書いてある。
…違う!
俺はすぐに店長の違和感に気がついた。こいつは化け物だ。奇跡的だった。まさか旅暮らしの初めで同じ地域で2体見つかるとは。ただ場所が場所だ。ここで迂闊に手を出すと民間人が危ない。
「そうかお前が…。なるほどな。それでわざわざ閉店まで待っててくれたって訳か。」
「ああ。やることは分かってるな?」
俺がそう言うと男はニヤリと笑った後で腕を鎌のように変化させ、勢いよく俺に向けて振りかざした。
「ふんっ!!」
しまった、掠ってしまった。慣れっことはいえやはり痛い。掠った右腕の傷から血が滲む。
使えるものは何か…何かあるか…!?
「俺の部位は、何でも切れちまうこの腕の鎌だ。さあ、お前も俺の手で捌いてやるよ。」
奴が俺を舐めて油断しているうちに俺は周囲の状況を見渡す。
…あったぞ、使えるものが…。
「この野郎…こっちへ来い!」
俺はそう叫んで無我夢中で走り、その使えるもの…何十段もある階段を駆け上がる。
何段も何段も…
「撒いたつもりにでもなったかぁ?」
「そこだ!」
それはほんの一瞬のうちに起きた出来事だった。背後にまで迫っていた奴の体を油断をついて思い切り手で押し退けて突き落とした。うまく受け身の体制がとれなかった化け物はそのまま段数の多い階段を転げ落ち、動かなくなる。
「よし、やったか…。いつも通り、アレを探そう…。」
財布はすぐに見つかった。さすが店長と言うだけあって合計3万円弱の現金が入っていた…が
「おかしい…。」
肝心の"アレ"がない。財布の中には流石に1つはありそうだが…。
「どこだ…。どこに消えた!」
「お前が探してるのはこれだろ?」
そう言って誰かが俺の前に免許証をちらつかせる。それは間違いなくさっきの化け物に化けられていた、スーパーの店長の物だった。改めて見ると、そこにはアロハシャツ、短パン、サングラスといった非常に軽そうな風貌の男が出てきた。
「お前誰だ?」
「世界レベルの天才児、上原亮介様よ。」
「上原か…。良く考えれば聞いたことがある。俺が産まれる前に僅か15歳で大学を卒業した日系アメリカ人が…。」
「そう。その日系アメリカ人が、この俺様さ。」
…は?
このバカみたいな、クソダサいファッションの男が?
舐めてんのか?
「あっ、今舐めてんのかって思っただろ?」
なっ…!
「図星か。一応言っとくけどな、アロハシャツはハワイ州の正装だぞ?そこんとこ控えとけいいな?」
こいつ…なぜ俺の考えていることを…。
「なぜ分かったか、って今思ったろ?教えてやるよ。なんだって俺様は…
天才だからな。」
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。