第2話

外面ノ平和
58
2020/02/17 16:20
平和。

誰かはこの光景を、こう呼ぶに違いない。

多くの人が待っている歩車分離式の信号で、俺は考える。

「信号が、青になりました」

歩行者用信号が青になる。ドッと人が歩き出した。その流れに沿って、俺も反対側の歩道へと渡る。

しかし、不思議なものだ。

きっとこの中の多くの人間は、何かを抱えている。

それは単純な黒歴史かもしれないし、軽い秘密かもしれない。あるいは、何かしらの重大な秘密かもしれない。無論そういったものを抱え込んでない人間だっているだろう。

最も信号を渡る上で、それは全くもって関係のない話である。すれ違った人間がどれだけ深い闇を抱えていようが、皆気にもとめないし、俺にも関係ない。それに普通に考えて、そんな場所で「私は闇を抱えています」なんて叫ぶ方がどうかしてる。

ただ、考えずにはいられないのだ。

そして薄々気がついてもいるのだ。

もう俺が直面している闇は、すぐそこまで来ているってことに。

「なんてな。」

誰にも聞こえないくらいの小さな声で呟き、少し歩くペースを上げる。

閉鎖された地下街の入口の横を通り抜け、路地に入り、そして目的の建物を見つけた。

俺の帰る家ーーー
雑貨屋『BRAIN PIT』

俺は重い扉を開けて中に入る。

「おかえり〜。」

出迎えてくれた小太りのおじさんは、記憶が無くなった俺を拾ってくれたここの店主、前島 流司(まえしま りゅうじ)さんだ。

「ただいま。ああ俺、代わりますよ。」
「ああ、お願いね。」

そう言って俺は前島さんと入れ替わってレジカウンターに座る。

ここには様々な客が来る。何か単純に生活必需品を求める者、インテリアにするための小物を買いに来る者、心の拠り所を探しに来る人だって。あるいはただ単にウィンドウショッピングをしたり、雰囲気を味わいに来る人だったり。…まあ、そう言うのは客って呼ばないけど。

「いらっしゃいませ〜。」

店の重い扉が開き、黒いシルクハットで顔を隠した客が入る。
何も持たず、こちらへ向かって来たその男とも女とも取れない中性的な客は、レジの前で歩みを止めた。
そして俺の方をジロジロと見つめる。

「何か…お探しでしょうか?」

俺は声をかける。客の方はそれには答えずにこちらを見つめ続けた後に

「君…。」

とだけ呟くと店を出ていった。

この日はそこから閉店まで店に客が入ることは無かった。閉店時刻の21時をを過ぎたことを改めて確認し、看板をしまいに外に出る。

「…あれ?」

俺が見つけたのはさっきの謎の客。さっきのシルクハットと違い、フード付きのコートをしているがそれ以外の部分…まあ要は、体格とか下半身の格好とかは一致するからさっきの客確定だろう。そいつは再び俺の方をジロジロ見ている。

「…あの、さっきも…。」

客は逃げた。そして俺は、無性にその客を追いたくなった。何故かは分からないけど…とにかく追いかけたくなった。

「あっ!待って!」

俺は閉店作業そっちのけで、そいつを追いかけるために全速力で走り出した。

プリ小説オーディオドラマ