平和。
誰かはこの光景を、こう呼ぶに違いない。
多くの人が待っている歩車分離式の信号で、俺は考える。
「信号が、青になりました」
歩行者用信号が青になる。ドッと人が歩き出した。その流れに沿って、俺も反対側の歩道へと渡る。
しかし、不思議なものだ。
きっとこの中の多くの人間は、何かを抱えている。
それは単純な黒歴史かもしれないし、軽い秘密かもしれない。あるいは、何かしらの重大な秘密かもしれない。無論そういったものを抱え込んでない人間だっているだろう。
最も信号を渡る上で、それは全くもって関係のない話である。すれ違った人間がどれだけ深い闇を抱えていようが、皆気にもとめないし、俺にも関係ない。それに普通に考えて、そんな場所で「私は闇を抱えています」なんて叫ぶ方がどうかしてる。
ただ、考えずにはいられないのだ。
そして薄々気がついてもいるのだ。
もう俺が直面している闇は、すぐそこまで来ているってことに。
「なんてな。」
誰にも聞こえないくらいの小さな声で呟き、少し歩くペースを上げる。
閉鎖された地下街の入口の横を通り抜け、路地に入り、そして目的の建物を見つけた。
俺の帰る家ーーー
雑貨屋『BRAIN PIT』
俺は重い扉を開けて中に入る。
「おかえり〜。」
出迎えてくれた小太りのおじさんは、記憶が無くなった俺を拾ってくれたここの店主、前島 流司(まえしま りゅうじ)さんだ。
「ただいま。ああ俺、代わりますよ。」
「ああ、お願いね。」
そう言って俺は前島さんと入れ替わってレジカウンターに座る。
ここには様々な客が来る。何か単純に生活必需品を求める者、インテリアにするための小物を買いに来る者、心の拠り所を探しに来る人だって。あるいはただ単にウィンドウショッピングをしたり、雰囲気を味わいに来る人だったり。…まあ、そう言うのは客って呼ばないけど。
「いらっしゃいませ〜。」
店の重い扉が開き、黒いシルクハットで顔を隠した客が入る。
何も持たず、こちらへ向かって来たその男とも女とも取れない中性的な客は、レジの前で歩みを止めた。
そして俺の方をジロジロと見つめる。
「何か…お探しでしょうか?」
俺は声をかける。客の方はそれには答えずにこちらを見つめ続けた後に
「君…。」
とだけ呟くと店を出ていった。
この日はそこから閉店まで店に客が入ることは無かった。閉店時刻の21時をを過ぎたことを改めて確認し、看板をしまいに外に出る。
「…あれ?」
俺が見つけたのはさっきの謎の客。さっきのシルクハットと違い、フード付きのコートをしているがそれ以外の部分…まあ要は、体格とか下半身の格好とかは一致するからさっきの客確定だろう。そいつは再び俺の方をジロジロ見ている。
「…あの、さっきも…。」
客は逃げた。そして俺は、無性にその客を追いたくなった。何故かは分からないけど…とにかく追いかけたくなった。
「あっ!待って!」
俺は閉店作業そっちのけで、そいつを追いかけるために全速力で走り出した。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。