第16話

番外編 悪魔ノ二人組・壱 悪魔ノ出会イ
21
2020/02/22 01:00
俺の名前は溝口みぞぐち大輝だいき。御歳55歳の初老の生物学者である。
今日は俺の昔の話…あー…どうしようも無いやばい奴の話をしようか…。

あいつと出会ったのは、高校を卒業してまもなくだった…。

俺は理系大学の名門、成瀬東科学大学なるせひがしかがくだいがくの生物学部生物探求学科に合格。実家から遠く離れた所だったのでアパートを探しに現地の不動産屋に来ているところだった。この近くにある大学は成瀬東だけでは無かったので、学生で溢れている。

「早く来ねぇかなぁ…順番…。お袋、ちょっとトイレ行ってくるわ。」
「もうすぐだから早く帰ってきなさいよ。」

お袋にそう告げ、俺はトイレに入る。不思議なことに客が大勢いたにもかかわらずトイレに先客は1人しかいなかった。

俺はさっさとやることを済ませて戻ろうと体制に入る。

「…どこ大ですか?」

突然の呼び掛けに俺はびっくりした。俺に話しかけてきたのはただ1人の先客、まあ言い方を変えれば、後に俺が若き日を共にし、やがて決別することになる男だ。

「え、あ、…へ?」

俺はどもる。いや決して、コミュ障とかそんなのでは無い。いきなりなんの前触れもなく『どこ大ですか』と聞かれればみんなそうなる。

「だからどこの…大学ですか?」

男は聞き返してきたがそういうことでは無い。俺がどもったのは、要はこいつが大学でマウントを取ってくるような奴じゃないかと思ったからだ。

…待てよ?

よく考えたら…というか考えなくても俺が合格を貰ったのは理系の名門、成瀬東なのである。さすがにこいつだって、成瀬東の名を聞けば、ギャフンと言わざるを得ないだろう、そう当時の俺は思っていた。完全なる大学マウント人間の完成である。

「成瀬東の生物学部、生物探求学科です。」

俺がそう言うと男はしばらく黙り込んだ。どうだ、俺の勝ちだ。下手にマウントを取りに行くからこうなるんだぞ。

「マジですか!僕も同じです!」

…と、思った自分が恥ずかしくなったのもいい思い出だ。

「僕、仲間を探してたんですよ!成瀬東の、生物探求!やっと会えたあああ!」

男は2人だけのトイレで叫んだ。俺も嬉しくなって一緒に喜ぶ。

「そうなんですか!いや〜、まさかこんな所で会えるなんて!!!」
「僕感激です!あ、ご出身は…。」
「俺は鳥取から来ました!」
「僕島根です!近いですね!!!」
「うおおおおおおお!」
「で、将来の夢は…。」
「俺の夢は立派な生物学者になること!君は?」
「僕も同じですよ同じ!だから成瀬東の生物に入りたかったんですよ!!!」
「うおおおおおおおおおお!!」

根掘り葉掘り聞いてくるな、とは思ったが悪い気はしなかった。奴が嬉しくなっているのが伝わってくるし、俺も嬉しかったから。不動産屋の男子トイレには、興奮して大声で叫んでいる男2人の姿が、そこにはあった。

『大輝!あなたの番よ!いつまでトイレに入ってんの!』

トイレの外からお袋が俺を呼ぶ。俺はそこでようやく自分の番がもうすぐであったことを思い出したんだ。

「大輝…って言うんですか?名前。」

お袋の呼びかけを聞いてさっきの男が再び尋ねる。

「ああ、溝口大輝。俺の名前です。君は?」

ふと俺たちは互いの名前に触れてないことを思い出した。こんなすごい出会い方をしたものだ、名前くらいは覚えねば。

「僕は柴田しばたさとるです。これからよろしく。」

柴田、こいつの名前を初めて聞いた瞬間だった。今では…あまり聞きたくないな。まあ、じゃあなんでこの話してるのかってことにはなるけど。

『大輝!いい加減に出なさい!』

お袋が怒り出してきた。ヤバい。

「ああ、じゃあ俺そろそろ行きます。あー、柴田くん!また入学式の時に、ゆっくり話そう!」
「ああ!楽しみに待ってるよ!溝口くん…溝口大輝くん!」

そう言って俺たちは一旦別れた。

でも今思えば、これは俺の人生にとって良くも悪くも転機だったわけだな。

「大輝さん、お電話です。」

おっと、俺の秘書の佐藤さとう幹裕みきひろが電話を持って来た。この続きは、またの機会としようか。なぜ俺が今となっては彼を…柴田を煙たがるのか、まだ話してないからな。

「はい、研究機関RAMラム代表の溝口です〜。え?合同会議?柴田と?…はいよ。」

…でまた、あいつと会うことになってしまった。


あの…悪魔と。

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