あの一件以来榎本朔の心には穴が空いていた。その穴は、虚脱感や喪失感と言った、心満たさない感情で満たされていた。そして、今では、初めからそこに在ったかのように、朔の心に住み着き、朔自身もそれを受け入れていた。
朔の心に穴が空いたのは、高校2年生の終わりだった。すでに、大学受験に向け勉強に勤しんでいる時期に、その穴をどうこうしようという気は朔にはなかった。むしろ、その穴と共生することの方がよほど楽に思えていた。共生することで、心に穴を空けた原因を忘却することの方が朔にとっては重要だったのだ。しかし、何をするにも虚脱感や喪失感が張り付く中で、モチベーションの維持、まして向上など出来るはずもなく、朔の成績と学力は落ちていった。
3月、朔は受験する大学のレベルを下げはしたが、そこそこの大学を受験し合格通知を受け取った。大学生となった後は講義や課題、バイトに勤しみ、それなりの生活を送っていた。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!