第11話

君の仮面の下を見せて
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2019/06/04 10:04
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(黒いコート……対食人鬼組織ECO……!)
黒コートの人物に両手首を押さえ込まれて、私は地面にはりつけにされた。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(いきなり捕まるなんて)
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(人を襲おうとしていたところを見られた?)
九井原 夕莉
九井原 夕莉
ぐぅっ……!
すばやく首に手を回されて気管を潰されそうなくらい絞められる。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(殺される……!)
苦痛と恐怖で喉奥がひきつるように痙攣する。

ぐいっと、逆さのハートが描かれた仮面が目の前に近づいた。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
ひっ……
仮面に隠された相手の表情は分からない。

ぽっかりと空いた穴から暗闇に沈んだ瞳が見えて――




温かいブラウンの虹彩に見覚えがあった。
???
お前は……
九井原 夕莉
九井原 夕莉
かはっ……
黒コートの人物は私の首を絞めていた手を緩め、私は空気を吸って咳き込んだ。


彼は黒いフードをゆっくりと下ろし仮面をそっと外す。



















三好修吾
三好修吾
夕莉……ちゃん?
その仮面の下は、ずっと捜していた甘い顔立ちをした美青年――三好先輩だった。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
三好先輩!? ……ゲホッゲホッ
三好修吾
三好修吾
! ごめん、大丈夫?
三好先輩は私の肩を抱き寄せて、えずく私の顔を申し訳なさそうに覗き込む。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(三好先輩……生きてて良かった)
九井原 夕莉
九井原 夕莉
ケホっ……な、なんで先輩が、ECOの格好を?
三好修吾
三好修吾
それは……
こつん、







と鉄の塊が三好先輩の頭に突きつけられた。


暗闇の中でも、つややかな漆黒の表面には鋭い光が流れる――黒い銃。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
……おい
雲間から差し込む月光を背に、逆光でより一層冷酷に見える上嶋くんが三好先輩に銃口を突きつけていた。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
これは、どういうことだ
































◆◆◆◆
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
俺は……やっぱり認められません
三好修吾
三好修吾
別にアンタに認められる必要なんてない
警戒心剥き出しの上嶋くんをなだめながら事務所に戻ってきた。

上嶋くんと三好先輩は睨み合っている。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(三好先輩が正気に戻してくれたから、発作はなんとかなったけど……)
今度は上嶋くんと先輩がいがみ合う険悪なムードが事務所内に漂っていた。
佐那城 悟
佐那城 悟
まあまあ……上嶋くんには事前に説明したけど、彼は仮にも半分人間なんだよ?
佐那城 悟
佐那城 悟
半人半鬼の三好くんにしかできないこともある。
佐那城 悟
佐那城 悟
食人鬼として人を……襲ったことがあるとしても、その償いをしてもらうためにも、彼をこの組織に入れたんだ
三好修吾
三好修吾
あなたが庇ってくれなかったら……俺は死んでいました
佐那城先生は諭すように上嶋くんに言い聞かせる。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
三好先輩は拐われたあとに、佐那城先生の計らいでECOとして活動することになった……ってことでいいんだよね?
三好修吾
三好修吾
そうだね、遅かれ早かれ僕は捕まっていた……そして、殺されてた
殺される。



その言葉にドキリとしてしまう。それは純粋な恐怖だった。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
……俺が認められないのは、食人鬼であるということだけじゃありません
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
そいつは、夕莉を襲った張本人だ。夕莉にまた危険が及ぶかもしれない
三好先輩は渋い顔をする。行き場のない感情に耐えるよう、拳を強く握っていた。
三好修吾
三好修吾
それは……俺から弁明できることはない
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
当たり前だ。もう二度と夕莉に近づくな
上嶋くんは三好先輩の肩を軽く小突いて、事務所から追い出そうとした。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
待って、上嶋くん。もう三好先輩は私を襲ったりしないよ
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
……え?
上嶋くんは驚きの声を上げる。私の言ったことが相当意外のようだった。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
だって三好先輩、今“俺”って言いましたから
三好修吾
三好修吾
へ?
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
は?
今度は上嶋くんだけでなく三好先輩もきょとんとして固まっている。

何か変なことを言っただろうか。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
えっと……三好先輩って自分の気持ちが出るとき、“俺”って一人称が無意識に出てるでしょ

「夕莉ちゃんといると安心するよ。
僕をそういう目で見ないから」



「お前ごとき人間に、
俺の邪魔をされてたまるかっ!」



「僕はただ、
君を喰べて完全な食人鬼になりたいだけさ」



「ねえ……いいでしょ?
俺にちょうだいよ、君自身くらいはさ」
九井原 夕莉
九井原 夕莉
“僕”は取り繕おうと意識的に使ってて、“俺”の方が自然に出てる一人称だよね?
三好先輩は近づいた私にぎょっとしたように身を引く。甘い顔立ちがぽかんと間が抜けた顔をしていてちょっとかわいい。

もしかしたら、彼は自分でもこのことに気がついてなかったのかも。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
“俺”から弁明できることはない……って正直に言ってくれた。だから信用できる
三好修吾
三好修吾
……そ、それだけで?
九井原 夕莉
九井原 夕莉
三好先輩は、正直になるのが苦手だけどここで嘘をつかないと思うから
三好先輩は不安そうに、おそるおそる口を開く。
三好修吾
三好修吾
君を……襲ったのに?
九井原 夕莉
九井原 夕莉
さっきは助けてくれたじゃないですか
そう言って私は微笑む。


彼は――きっと悪い人じゃない。ただ寂しさと苦しみのあまり、暴走してしまっただけだ。

もうたっぷり皐月ねえには搾られてるし、私も彼に一発ビンタをしたからそれで清算したと思っている。


彼は自分がしたことを後悔できる、認められる人だ。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(それに……自分の命が危うかったならその状況で私の正体を告発できたはず)
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(でも、三好先輩はそれをしなかった)
三好先輩は肩透かしをくらった表情だったが、呆れたように眉を寄せてため息混じりに笑った。
三好修吾
三好修吾
夕莉ちゃん、君ってやつは……
三好修吾
三好修吾
いや、もう繕うのは疲れたな。女の子にちゃん付けなんて、気取って本当はこっ恥ずかしかったんだ
三好修吾
三好修吾
夕莉、君はどこまでお人好しなんだ?
片手で額を押さえながら、三好先輩はまた深い溜め息を吐いた。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
お人好しじゃないですよ、三好先輩がそういう人なだけです
目線を逸した三好先輩の頬が少し赤みがかっている気がした。
三好修吾
三好修吾
はぁ~っ……本当にそういうところがずるいよね
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
夕莉、お前……大丈夫なのか? こいつを放し飼いにしてても
三好修吾
三好修吾
放し飼いとはなんだ
九井原 夕莉
九井原 夕莉
うん、三好先輩はもう大丈夫。ありがとう、上嶋くん
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
……俺は正直、こいつのことを信用しきれない。だからこいつに噛みつかれたらいつでも言え
先程より険しさは和らいでいるが、抑揚のない声音にははまだ疑念が含まれている。
三好修吾
三好修吾
さっきから聞いてりれば人を犬みたいに……
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
現にそんなもんだろ。今じゃ組織に従う身の上だ
三好修吾
三好修吾
君だって同じようなもんだろ!
ばちばちと、二人の間に火花が散っているのが見えるようだ。

さっきのような険悪ムードというよりは、犬と猫の喧嘩みたいな……
佐那城 悟
佐那城 悟
はいはいそこまで! 思春期しない! 
二人とも好きな子を取り合ってる場合じゃないよ
三好修吾
三好修吾
す…………っ!?
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
佐那城さんは邪魔しないでください!
佐那城 悟
佐那城 悟
照れない照れない、会議室へゴーゴー。
僕たちにはやることがあるからね
三好修吾
三好修吾
ちょっと! 俺は違う!!
顔を真赤にしてばたばたと暴れる三好先輩とじたばたと抵抗する上嶋くんは佐那城先生に押しやられて会議室の扉の向こうに消えた。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(少しずつでも、二人が仲良くなってくれればいいけど……)
でも、同時にそれは難しいことだと思ってしまう。

上嶋くんの食人鬼に対する憎しみは強い。
だから、私も言えなかった。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(上嶋くんがECOに入った今、もっと危険な状態になった)
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(でも、隠したままにはできない)
熱くなる心臓をつかみたくて、胸に手を当てる。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(私がまた暴走して上嶋くんを襲ってしまうかもしれない)
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(終業式の日、上嶋くんに告白しよう)
彼のことを考えている時だけ、この体温のない体は熱を持つ。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(例え、受け入れられなくても)
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(私は、上嶋くんになら)
衝動と愛情が詰まった胸がぎゅうっと痛む。



九井原 夕莉
九井原 夕莉
(ーー殺されても、いいよ)








本当は怖い、でもね。




どうせ殺されるなら、君に






とも思ってしまうんだ。










私は決意を新たに、探偵事務所を後にする。
上嶋くんたちの邪魔をしてはいけない。
オフィスビルの無機質な階段を降りると、踊り場の冊に寄りかかって缶コーヒーを飲んでいる陽翔くんがいた。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
陽翔く……
私は手を上げて声をかけようとした。


だけど、彼の顔は普段の明るさを感じない人形のような冷たいもので。
陸下 陽翔
陸下 陽翔
……上嶋幸寛は、何も分かってない
抑圧したような怒りとどうしようもない諦念が混じったような呟きが、小さくこだまする。



彼は持っていた缶コーヒーを、ぐしゃりと握りつぶした。

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