佐那城先生の許可を取って、私達は保健室で三好先輩から上嶋くんの妹――優夏ちゃんの事件のことを聞くことになった。
カーテンに包まれた空間で上嶋くんによって話は尋問のように切り出される。
私はベッドの上で枕を背もたれに上半身だけ起こして会話に参加することにした。
三好先輩は怪訝そうに低い声で返事をする。
上嶋くんは私がいるベッドに座って、さり気なく私の手の平を握っている。
三好先輩に向ける眼光が心なしか鋭いような……
三好先輩は挑発的な面立ちから、観念したように息を吐く。
分かってるよな、とも言いたげに三好先輩は私にちらっと目配せをした。
食人鬼のコミュニティ、絶対的存在、そして優夏ちゃんの事件が有名だということ。
皐月ねえから一通りの知識は教わったはずなのに。どうしてこんなに知らないことがあるんだろう。
上嶋くんの肩が僅かに震えているのがわかった。
上嶋くんは立ち上がって三好先輩の胸ぐらを掴もうとしたが、手前でぐっと耐えて空を握った。
三好先輩は目を伏して黙り込む。
食人鬼である私も彼にかける言葉が見つからなくて、ただ胸が痛かった。
三好先輩が慎重に言葉を紡いだとき。
その瞬間だけわずかに漏れ出たような不穏な殺気――
ーーがぞくりと背筋に走る。
三好先輩は声を荒げるのと同時にすばやく窓側のカーテンを開け放った。
シャアッ
カーテンレールが勢いよく滑って太陽の光が入ってくる。
窓の向こう側に一瞬、フェンス越しに黒い影がこちらを伺っているのが見えて――蜃気楼のように消えた。
三好先輩は身構えて私の盾になるよう前に立ち、上嶋くんは庇うように私を抱き寄せていた。
緊迫した空気が漂う保健室にヴヴヴと機械的な振動音が響いた。
上嶋くんはスマホを取り出して、眉を寄せる。
上嶋くんはスマホを握りしめる。顔を上げ一度唇を結ぶと、彼は絞り出すような声で言った。
不安になった私は彼の袖を引っ張った。
さっき感じた嫌な空気が自分の体に残っており、不吉な予感がする。
怖くて、上嶋くんに傍にいてほしかった。
耐えるように眉を額に寄せたまま、上嶋くんは口元だけで笑みを作る。
壊れ物を扱うように、私の体を引き寄せた。
ぴったりと体が密着するように抱きしめられて、髪の毛の流れをなぞるように優しく撫でられる。
温かい彼の体に包まれて嬉しいのに、この拭えない不安感はなんだろう。
最後は強めにぎゅっと抱きしめて、彼の体温は私に熱を残すようにゆっくりと離れていった。
上嶋くんは扉を開けて保健室を出ると、振り返って閉じる扉の隙間からもう一度ごめんと呟いた。
三好先輩はフンと、軽く鼻を鳴らすと腕を組んで私のいるベッドに座る。
三好先輩の反応が面白くて、つい笑みが零れる。どうして恥ずかしがってるんだろう。
確かに、仲直りをしてから上嶋くんとの接触が増えている気がする。
ライターでカチッと火がついたみたいに、上嶋くんのことを考えると顔が熱くなる。
はあ~っと三好先輩は呆れて長い溜息を吐く。
三好先輩に言われて気がついたことでもあるけど、確かに前より距離感がやたら近くてこちらを気にかけているような気がする。
上嶋くんも、変化したところはあるだろうけどそこまで気を遣う性格だっただろうか。
抱きしめられた時に聞いた彼の心音がいつもより速かったような気がした。
ド
ク
ン
心臓を殴られたような衝撃に、私は胸を両手で押さえ体を前に屈める。
ベッド下に置いたカバンを取ろうとして屈み、そのまま床にどしゃりと体ごと落ちてしまった。
三好先輩が打ち付けられた私を慌てて助け起こす。
三好先輩は私の事情を察して、複雑な表情をする。
はあはあと息切れが止まらない、上嶋くんに近づく度に体が悲鳴を上げるようだった。
いくら薬で本能を抑制して、最低限の血だけ摂取しても体は弱まっていく一方。
熱くて、寒くて、頭がぐらぐらする。
三好先輩にカバンに入った薬を取ってもらい、腕に注射してもらった。
それでも、すぐに症状が落ち着かない。熱に浮かされたような状態が続いている。
三好先輩は私を抱きかかえてベッドに下ろした。乱れた前髪が視界の邪魔で、世界がぼやけて見える。
どこか怒気が含まれたような、低い声。
先輩は呟くように私に尋ねる。
布団をかけて、先輩は私の顔を覗き込んできた。先輩の指が汗で張り付いた前髪を払ってくれる。
ぼんやりとした視界で三好先輩がまるで自分も痛みを感じているように顔を歪めている気がした。
三好先輩は私の額を静かに撫でた。
手のひらから、微かに温かさを感じる。
いいなあ、三好先輩には体温があるんだ。
完全な食人鬼にはない、人がまとう優しい熱。
そう言うと華奢な人指し指が私の瞼をなぞって、視界が閉ざされる。
ぽろりと涙が溢れて、そこで私は初めて自分が泣いていたことに気がついた。
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編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!