第13話

この身が恋で朽ちる前に
1,692
2019/06/21 05:12
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
妹の事件について、お前は知ってると言ってたな
佐那城先生の許可を取って、私達は保健室で三好先輩から上嶋くんの妹――優夏ちゃんの事件のことを聞くことになった。
カーテンに包まれた空間で上嶋くんによって話は尋問のように切り出される。

私はベッドの上で枕を背もたれに上半身だけ起こして会話に参加することにした。
三好修吾
三好修吾
……僕が口からでまかせを言っただけかもよ
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
夕莉がお前を信じるって言ったんだ。俺はまだ気を許したわけじゃないが……
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
こいつは俺の助手だからな
三好修吾
三好修吾
……ふーん
三好先輩は怪訝そうに低い声で返事をする。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
上嶋くん……
九井原 夕莉
九井原 夕莉
どうしてベッドの上にいるの?
上嶋くんは私がいるベッドに座って、さり気なく私の手の平を握っている。
三好先輩に向ける眼光が心なしか鋭いような……
三好修吾
三好修吾
なんだか、猫に威嚇されてるような気分なんだけど……
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
……俺は夕莉を信じて、お前の話を聞く
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(この状態で話を続けるのか……)
三好先輩は挑発的な面立ちから、観念したように息を吐く。
三好修吾
三好修吾
わかったよ……
三好修吾
三好修吾
君の妹が殺された事件――あれは食人鬼の間でも噂されてる有名な事件なんだ
九井原 夕莉
九井原 夕莉
食人鬼の間でも……?
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(皐月ねえから聞いたことない)
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
有名な事件? どういう意味だ
三好修吾
三好修吾
食人鬼の間で……重要な人物が関わってるって噂があるんだよ。
三好修吾
三好修吾
まあ僕も半分人間だとバレたらすぐにコミュニティを追放されたから詳しいことは分からないけど
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
その重要な人物っていうのは、なんだ? 食人鬼のリーダーでもいるのか?
三好修吾
三好修吾
食人鬼にもコミュニティはある。山奥に小さな集落みたいなものを作ってることが多い
三好修吾
三好修吾
リーダーっていうか、食人鬼の絶対的頂点に君臨する存在だよ
分かってるよな、とも言いたげに三好先輩は私にちらっと目配せをした。
食人鬼のコミュニティ、絶対的存在、そして優夏ちゃんの事件が有名だということ。

九井原 夕莉
九井原 夕莉
(どれも初めて聞くことばかり……)
皐月ねえから一通りの知識は教わったはずなのに。どうしてこんなに知らないことがあるんだろう。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
そいつが……俺の妹を襲ったのか?
上嶋くんの肩が僅かに震えているのがわかった。
三好修吾
三好修吾
分からない、だけど関わりがあるとしか
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
はっきり答えろ!
上嶋くんは立ち上がって三好先輩の胸ぐらを掴もうとしたが、手前でぐっと耐えて空を握った。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
なんで……
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
なんで優夏が、襲われなきゃならなかったんだ
九井原 夕莉
九井原 夕莉
…………
三好先輩は目を伏して黙り込む。
食人鬼である私も彼にかける言葉が見つからなくて、ただ胸が痛かった。
三好修吾
三好修吾
……俺が知ってるのは、その絶対的な食人鬼は――




三好先輩が慎重に言葉を紡いだとき。
三好修吾
三好修吾
ーー誰だっ!
その瞬間だけわずかに漏れ出たような不穏な殺気――



ーーがぞくりと背筋に走る。








三好先輩は声を荒げるのと同時にすばやく窓側のカーテンを開け放った。



シャアッ



カーテンレールが勢いよく滑って太陽の光が入ってくる。




窓の向こう側に一瞬、フェンス越しに黒い影がこちらを伺っているのが見えて――蜃気楼のように消えた。
三好修吾
三好修吾
……俺の監視か?
三好先輩は身構えて私の盾になるよう前に立ち、上嶋くんは庇うように私を抱き寄せていた。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
……お前は、まだ組織からも信用されてないみたいだな
緊迫した空気が漂う保健室にヴヴヴと機械的な振動音が響いた。
上嶋くんはスマホを取り出して、眉を寄せる。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
佐那城さんからの呼び出しだ……優夏の事件に関わることだって
上嶋くんはスマホを握りしめる。顔を上げ一度唇を結ぶと、彼は絞り出すような声で言った。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
……ごめん、俺行かないと
九井原 夕莉
九井原 夕莉
上嶋くん、待って
不安になった私は彼の袖を引っ張った。

さっき感じた嫌な空気が自分の体に残っており、不吉な予感がする。

怖くて、上嶋くんに傍にいてほしかった。



耐えるように眉を額に寄せたまま、上嶋くんは口元だけで笑みを作る。

壊れ物を扱うように、私の体を引き寄せた。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
……夕莉、大丈夫だ。俺が必ず、食人鬼からお前を守ってやる
ぴったりと体が密着するように抱きしめられて、髪の毛の流れをなぞるように優しく撫でられる。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(本当は行ってほしくない)
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(でも、上嶋くんの邪魔にもなりたくない――)
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(優夏ちゃんの事件は、上嶋くんがずっと追ってる事件なんだ)
温かい彼の体に包まれて嬉しいのに、この拭えない不安感はなんだろう。

最後は強めにぎゅっと抱きしめて、彼の体温は私に熱を残すようにゆっくりと離れていった。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
……少しの間、夕莉を見ててくれ
上嶋くんは扉を開けて保健室を出ると、振り返って閉じる扉の隙間からもう一度ごめんと呟いた。


三好先輩はフンと、軽く鼻を鳴らすと腕を組んで私のいるベッドに座る。
三好修吾
三好修吾
……薄情なやつ。夕莉ちゃんが心配じゃないのかねぇ。僕がパクって喰べちゃうかもしれないのに、さ
九井原 夕莉
九井原 夕莉
さっき三好先輩は真っ先に前に出たじゃないですか。だから信用したのかも
三好修吾
三好修吾
ちょっと、マジで返さないでよ。僕が恥ずかしい奴みたいじゃないか
三好先輩の反応が面白くて、つい笑みが零れる。どうして恥ずかしがってるんだろう。
三好修吾
三好修吾
……というか、君たち結構ベタベタしてるけど付き合ってるわけ?
九井原 夕莉
九井原 夕莉
えっ……
確かに、仲直りをしてから上嶋くんとの接触が増えている気がする。

ライターでカチッと火がついたみたいに、上嶋くんのことを考えると顔が熱くなる。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
……付き合って、ないです
三好修吾
三好修吾
はあ!? それであの距離感なわけ!?
はあ~っと三好先輩は呆れて長い溜息を吐く。
三好修吾
三好修吾
付き合ってもないのに、あいつ距離感おかしくないか? ……何考えてるんだか
九井原 夕莉
九井原 夕莉
上嶋くんって、ちょっと変なところありますから……
三好修吾
三好修吾
変というか、何考えてるか分からない。人と関わるのが下手というか、不器用というか……
九井原 夕莉
九井原 夕莉
最近はいろんな顔を見せてくれるようになりましたよ
九井原 夕莉
九井原 夕莉
でも……ちょっと優しすぎるというか
三好先輩に言われて気がついたことでもあるけど、確かに前より距離感がやたら近くてこちらを気にかけているような気がする。

上嶋くんも、変化したところはあるだろうけどそこまで気を遣う性格だっただろうか。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
大切にされすぎてるというか、何かをすごく恐れているような……
抱きしめられた時に聞いた彼の心音がいつもより速かったような気がした。





  ク
    ン





心臓を殴られたような衝撃に、私は胸を両手で押さえ体を前に屈める。
三好修吾
三好修吾
夕莉っ!
九井原 夕莉
九井原 夕莉
大丈夫です……先輩。薬がありますから
ベッド下に置いたカバンを取ろうとして屈み、そのまま床にどしゃりと体ごと落ちてしまった。

三好先輩が打ち付けられた私を慌てて助け起こす。
三好修吾
三好修吾
お前、もしかして……
三好先輩は私の事情を察して、複雑な表情をする。

はあはあと息切れが止まらない、上嶋くんに近づく度に体が悲鳴を上げるようだった。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(私の体は)
いくら薬で本能を抑制して、最低限の血だけ摂取しても体は弱まっていく一方。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(もう限界なのかもしれない)
熱くて、寒くて、頭がぐらぐらする。

三好先輩にカバンに入った薬を取ってもらい、腕に注射してもらった。

それでも、すぐに症状が落ち着かない。熱に浮かされたような状態が続いている。
三好修吾
三好修吾
お前、今までずっとそれを隠して……
三好先輩は私を抱きかかえてベッドに下ろした。乱れた前髪が視界の邪魔で、世界がぼやけて見える。
三好修吾
三好修吾
あいつは、何も知らないのか
どこか怒気が含まれたような、低い声。
先輩は呟くように私に尋ねる。
三好修吾
三好修吾
どうして……そこまで
布団をかけて、先輩は私の顔を覗き込んできた。先輩の指が汗で張り付いた前髪を払ってくれる。

ぼんやりとした視界で三好先輩がまるで自分も痛みを感じているように顔を歪めている気がした。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
……好きだからですよ
九井原 夕莉
九井原 夕莉
好きだから、苦しんでも痛くても
九井原 夕莉
九井原 夕莉
傍にいたいって思うんです
三好修吾
三好修吾
……そうなんだ
三好先輩は私の額を静かに撫でた。
手のひらから、微かに温かさを感じる。

いいなあ、三好先輩には体温があるんだ。

完全な食人鬼にはない、人がまとう優しい熱。
三好修吾
三好修吾
……これからは、俺に頼ってもいい
三好修吾
三好修吾
俺は同じ食人鬼だ。君は一人じゃない
三好修吾
三好修吾
だから、今はゆっくり休むといいよ
そう言うと華奢な人指し指が私の瞼をなぞって、視界が閉ざされる。

ぽろりと涙が溢れて、そこで私は初めて自分が泣いていたことに気がついた。





































◆◆◆◆
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
夕莉、ごめん……
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
まだ嘘をついてるのは、俺の方かもしれない

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