陽翔くんを追い詰め、三好先輩は私を守るように前に立って彼を見据える。
疑惑の目を向けられている陽翔くんはたじろぎもせず、表情も崩さなかった。
ジィーっと虫の声がざわめく中、緊張感だけがピリピリと肌に伝わってくる。
勇気を出して私も口を開き、三好先輩が私の前に出している腕をどける。
蝉の鳴き声が遠くなっていくような沈黙の末、陽翔くんは息を吐いた。
陽翔くんは窓を閉めて鍵をかけた。
外の音が遮断されて、蝉の声はほとんど聞こえなくなった。
食人鬼、その言葉にドクリと心臓が跳ね上がる。
周りを気にしながら、陽翔くんは慎重に話した。
黒コートの影を実際に目にしたことも、忠告めいたことを受けたこともあった。
自分で思った以上にマークされていたということだ。
陽翔くんは申し訳なさそうに俯いて謝罪した。
三好先輩は溜まった息を吐くと警戒態勢を解き、腕を組んだ。
険しい表情をしていた三好先輩の緊張が解ける。
陽翔くんは私を気遣って事情を説明してくれた。
でも……
上嶋くんが危険に晒されそうなのに、私はこのままでいていいの?
食人鬼の拠点なんて、絶対に危険に決まってる。
そこに上嶋くんの敵がいたとしても、もし、彼が——
三好先輩が私の肩をぽん、と叩く。
女の子よりも白くて綺麗な先輩の手、それが今はすごく頼もしく見える。
先輩は私の目線にかがんで私の手を取り、子供に言いつけるような優しい口調で言った。
手をさらに強く握られる。
王子様の仮面も仏頂面で素直じゃない顔も全て崩して懇願するような瞳には、嘘の淀みなど一つもなくて。
ただ純粋な思いだけが、瞳の奥に光っていた。
上嶋くんとは違う眼差しに、不思議と心が揺れ動いた。
きっと、三好先輩なら上嶋くんを守ってくれる。
そう、思えるからこそ。
三好先輩のキメ顔が一瞬で固まり、唖然とする。
自分の意思を伝えるために私ははっきりと言い放った。どんなに反対されても上嶋くんを助けに行く。
陽翔くんは驚くと、複雑そうに眉を寄せた。
静かに、淡々と陽翔くんは事実を述べる。それが紛れもない現実だからだ。
私は三好先輩の手を握り返して、まっすぐと先輩を見つめ返す。
本当は、ずるいお願いなのかもしれないけど。
三好先輩は押し黙る。唇を軽く噛んで悔しそうに考え込むと、自分の頭を無造作に掻いた。
無茶なお願いにも関わらず、三好先輩は私の気持ちを汲んでくれた。
にいっと、先輩は不敵に笑って私に顔を近づける。
指先で輪郭をなぞられて、びくりとする。細められた彼の瞳は狙いを定めた肉食獣みたいだった。
ぽこぽこと殴る私の攻撃を受け止めてる三好先輩は心なしかちょっと嬉しそうに見えた。
本当は怖いという気持ちもある。
命の危険を感じないわけじゃない。
少しでも気を抜いたら、震えてその場から動けなくなりそう。
でも、例え私がどうなっても。
上嶋くんを助けたいんだ。
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バシンッ
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。