第7話

赤い夢から抜け出して
1,931
2019/05/07 09:28
九井原 夕莉
九井原 夕莉
うえ、しまくん
遠のく意識の中で、私はそう呟いた。















































上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
……り
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
……うり、夕莉!
大好きな人が呼ぶ声。

戻ってきてくれたの……?



生温かい人の体温。

上嶋くんに抱かれているんだ。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
あたたかい……
私は瞼を開けて、彼の優しい顔を見ようとした。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
夕莉
上嶋くんは私に優しく微笑みかけていて。




















だけど、その顔には
真っ赤な血がべっとりと滴っていた。







九井原 夕莉
九井原 夕莉
ひっ……!
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
夕莉、どうして
上嶋くんは血に濡れた手で私の顔に触る。

その綺麗な微笑みは憎悪に歪んでいき、口元がゆっくりとうごいた。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
ぐにゃり、と視界が赤黒く歪んだ。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
いやああああああああああああああああああああああああああああああああっ!











叫び声を上げて飛び起きると、私はベッドの上にいた。肩で息をしながら白い布団をぎゅっと掴む。

見覚えのある清潔なベッド。ここは保健室で、私はそこで眠っていたようだった。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(ゆ、夢……か)
夢で良かったと思って気が抜ける。
だけど不安は自分の中でわだかまっていた。

もしも、上嶋くんに食人鬼だってバレたら、

私は……
佐那城 悟
佐那城 悟
お、おはよう、夕莉さん……うぅ……
九井原 夕莉
九井原 夕莉
わっ、佐那城先生? なんで倒れて
佐那城 悟
佐那城 悟
夕莉さんに突き飛ばされたからね……
佐那城先生は死んだ虫のように床に倒れていて、顔に洗面器をかぶっていた。




◆◆◆◆
佐那城 悟
佐那城 悟
無理が祟ったんじゃないかな
佐那城先生が温かいタオルを渡してくれた。
佐那城 悟
佐那城 悟
まさか突き飛ばされるとは思わなかったけど、少しは元気になったかな?
九井原 夕莉
九井原 夕莉
すみません……
倒れた直後の私はまるで氷のように冷たかったらしく先生が温かいタオルで顔を拭いてくれようとしたみたいだった。
佐那城 悟
佐那城 悟
陽翔くんが君をベッドに運んでくれたんだよ
九井原 夕莉
九井原 夕莉
陽翔くんが? 彼は今どこに
佐那城 悟
佐那城 悟
さあ……君を運ぶなり急いでどこかに行っちゃったからなあ
九井原 夕莉
九井原 夕莉
そうですか……(やっぱり私を助けてくれた?)
彼の真意がますます分からない。敵なのか味方なのかさえも。陽翔くんの正体を暴いて、はやく三好先輩を捜さなきゃいけないのに。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(もう、限界だ)

体も心も、もうぼろぼろで気を抜いたら今にでも泣き出しそうだった。

上嶋くんがいてくれなきゃ、結局私は何もできない――
佐那城 悟
佐那城 悟
夕莉さん、泣かないで……え、えーと
ぽろぽろと涙が溢れ出した。
それを見た佐那城先生は戸惑う。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
ごめん、なさい。なんだか、勝手に、でてきて
自分で一生懸命目をこすってもとめどなく溢れてくる。どうしよう止まらない。こんなのじゃダメなのに。
佐那城 悟
佐那城 悟
えっと、うーんと、あー……し、失礼、夕莉さん!


佐那城先生が泣いている私の手を取って、ぴたっと額をくっつけた。



お互いの額が触れ合って、陽だまりのように温かい。
私は彼のいきなりの行動に戸惑ったけど、先生はぎゅっと目を瞑ってそのままにしている。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(なんだか、少し安心する)
メガネの向こうのまつげが思ったより長くて、艷やかなウエーブを描いていた。
佐那城 悟
佐那城 悟
あ……ごめん!
しばらくそうしていると、先生はぱっと私から離れた。
佐那城 悟
佐那城 悟
昔、こ……じゃなくて、友達が泣いてたときもこうしたら安心したから……
佐那城 悟
佐那城 悟
変なことしてごめんね
額に残る人の温もり。

上嶋くんを思い出す。



あの体温がいつだって私の傍にあって、
私はそれを――何に替えても守りたいんだ。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
いえ……ありがとうございます。佐那城先生には助けられてばかりですね。
上嶋くんのことはまだトゲのように胸にひっかかっているけど、はにかんでお礼を言う余裕ができた。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
先生が看病してくれたんですよね
佐那城 悟
佐那城 悟
んんっ、そ、そうだね
先生はごほんと咳き込むと目を逸らす。
佐那城 悟
佐那城 悟
そうそう、最初から最後までずっとここに居たし!
九井原 夕莉
九井原 夕莉
でもさっきまで洗面器を取りに行ってたんじゃ……?
佐那城 悟
佐那城 悟
えっと!  でも夕莉さんを看てる人がいないといけないし!  えーっと
勝手にあわあわと慌てふためく佐那城先生。
何か隠し事をしてる?
佐那城 悟
佐那城 悟
上嶋くんには黙っておいてほしいって言われたし……あ
九井原 夕莉
九井原 夕莉
……上嶋くん!?
思わぬ名前が飛び出て私はくいついた。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
上嶋くんがここにいたんですか!?
佐那城 悟
佐那城 悟
う、うん。そうだよ。
あとで上嶋くんにどやされる、と先生は慌てていた。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
上嶋くんが、ここに……
佐那城 悟
佐那城 悟
僕は道具を取りに行かなくちゃいけなかったから、上嶋くんがずっと君を看てくれてたよ
佐那城 悟
佐那城 悟
……自分には夕莉と一緒にいる資格がないから、内緒にしてくれって
あんなに傷つけても、彼はずっと傍で見守ってくれていたんだ。


なのに、私は弱音を吐いて泣いてばっかりだった。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(私は上嶋くんのことが好きだから、頑張れるんだ)
ぷるるると振動音が響き、佐那城先生は白衣のポケットを探る。
佐那城 悟
佐那城 悟
ちょっと外に出るけど、夕莉さんはまだゆっくり休んでて
先生は私を気にかけてから焦った様子で保健室を出ていった。



九井原 夕莉
九井原 夕莉
(佐那城先生には悪いけど……)
私はベッドを抜け出して、ベランダから脱出を計る。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(陽翔くんを見つけて、事情を聞き出さなきゃ)
一応薬を打ってから、そっとベランダに出る。
時刻はもう夕暮れで生徒がまばらに下校し始めていた。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(体育館の近くに裏門がある。陽翔くんは目立つ正門からは出ないはずだから、待ち伏せていれば会えるかも)
どうしても彼に会う必要がある。三好先輩のことを何か知ってるかもしれない。





門に向かっている途中、体育館の傍を通ると聞き覚えのある声が耳に入った。
佐那城 悟
佐那城 悟
……だよ。君にはまだ……に……近づくな
九井原 夕莉
九井原 夕莉
え……?
佐那城先生の声が体育館裏の方から聞こえて耳を澄ます。誰かと電話しているようだった。
佐那城 悟
佐那城 悟
とにかく、食人鬼を相手にするなんて無茶すぎる!
佐那城 悟
佐那城 悟
君に渡した武器はまだテスト用なんだぞ
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(食人鬼!? それから武器って)
私は陰で様子を伺うことにした。
そして、先生の口からは彼の名前が飛び出してきたのだった。

佐那城 悟
佐那城 悟
やめるんだ! 上嶋くん! 
……君は、殺されるぞ

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