耐え難い祐の横暴は、あかねが長男を産んだ事でようやっと止みました。
当時、わたしはなんとも勿体ないことに、ほとんど人間に失望していました。
でも、かれ--あかねの、初めての息子--をこの目に捉えた瞬間に、すべての失望はつゆと消え失せたのです。
優しげな口元がほころび、産まれた直後から大きな欠伸をするのんき者。
正しく、あのひとの隔世遺伝です。
三度目の恋でした、ただし名前だけは愛せませんでした。
そう、六左衛門。
ふざけているのでしょうか。それとも、待望の男の子が産まれたので有頂天になってしまったのでしょうか。
六左衛門、ああこの名前を口に出すだけでも憂鬱ですが、しかし六左衛門は希望の光でした。わたしにとっても、家族にとっても。
すくすくと育った彼はやがて、自分のことを呂久と呼ぶようになります。踏襲しましょう。六左衛門じゃ、あまりにも可哀想です。
シュウト、間違っても六左衛門と書くんじゃありませんよ。大事な一代記ですからね。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!